世界一わかりやすい
アメリカ没落の真実

 

 

国際関係アナリスト
北野幸伯

 

まえがき
皆さん、こんにちは。
北野幸伯です。
皆さんもご存じのように、ここ数年で世界は激変しました。
一番大きな事件は、「100 年に1 度」といわれる大不況に世界が突入したことでしょ
う。
一般的に、その理由は「アメリカで住宅バブルがはじけた」→「サブプライム問題が
顕在化した」→「リーマン・ショックなどの危機が連鎖的に起こった」と説明されます。
これは、もちろん正しいです。
しかし、私がこれから皆さんにお話するのは、もっと「根本的」な理由。
実をいうと、アメリカは没落させられたのです。
誰に?
中国・ロシア・ドイツ・フランスなどにです。
こんなことを書くと、「陰謀論か?」と思う人もいることでしょう。
しかし、お読みいただければ、私の話は「陰謀論」とは全然関係ないことがご理解い
ただけるはずです。
資料も山盛りですので、「こりゃあ否定できないな」と思わることでしょう。
では、「アメリカ没落の真実」とはなんなのでしょうか?
詳細は後述するとして、「まえがき」ではサワリだけお話します。
1945〜1991 年を、一般的に「米ソ冷戦時代」といいます。
世界には二つの極があった。
すなわちアメリカとソ連です。
ところが1991 年12 月、ソ連が崩壊してしまった。
世界は「アメリカの一極時代」に突入していきます。
このことは、世界の構造に大きな変化をもたらしました。
中でも重要なのは、欧州で起こったことです。
欧州は1500〜1900 年まで、400 年にわたって覇権国を輩出してきました。
この地域のエリートたちは、「欧州こそ、世界の中心だ!」と自負してきた。
しかし、第2 次世界大戦後、その誇りはズタズタにされてしまいました。
大戦後、欧州の西半分はアメリカの支配下に、東半分はロシア(ソ連)の支配下に
入ってしまった。
欧州のエリートたちはそれまで、アメリカ・ロシアを「野蛮な田舎者」として小馬鹿に
していた。
それが今では、頭があがらない状態になっている。
彼らのプライドは、ひどく傷ついていたのです。
しかし、現実的に欧州は、超軍事大国のアメリカやソ連にはかなわない。
それで、やむをえず40 年以上にわたって耐え忍んできた。
そんな欧州のエリートは、「ソ連崩壊」のニュースを大喜びで歓迎しました。
この事件が意味するところは、
欧州唯一の脅威が消滅した。もはや欧州の脅威は存在しない。
このことはつまり、
「欧州は、もはやアメリカの守りを必要としない。欧州はアメリカの言いなりになる
必要はない」
ことも意味していました。
そればかりではありません。欧州のエリートたちはもっと先を考えます。
「欧州は再び、世界の覇権を狙えるようになった。田舎者のヤンキーから、覇権を
取り戻そう!」
こうして、私のいう「アメリカ幕末時代」がスタートしたのです。
アメリカと欧州の戦いは、ロシア・中国をも巻き込み、全世界に拡大していきまし
た。
そして08 年、 ついにアメリカ一極世界は崩壊したのです。
私たちは「2008 年と2010 年とは全然違う時代なのだ」ということを、はっきり自覚す
る必要があります。
その為には、冷戦崩壊から08 年までに何が起こったかをはっきり知っておく必要が
あるでしょう。
では、皆さん「アメリカ没落の真実」をお楽しみください。


第1 章
アメリカのアキレス腱
欧州がアメリカから覇権を奪うためには、アメリカを没落させる必要があります。
しかし、欧州は軍事力でアメリカにかなわない。
では、どうすればいいのでしょうか?
欧州は「アメリカのアキレス腱」を攻撃することにしました。
この章では、覇権国家アメリカの弱点について解説します。
基本が大事
世界を知るために、アメリカの現状を語ることは避けて通れません。アメリカはなん
といっても、経済的にも軍事的にも世界唯一の超大国・覇権国家なのですから。
これからお話することについて、前半部分は皆さん「聞いたことあるな」と思うに違い
ありません。ひょっとしたら、「そんなこと知ってるよ」と飛ばしたくなるかもしれません。
しかし、基本をとことん知ることがもっとも大切です。
国際情勢の真実について、実はCIAやKGBから得た極秘情報が重要なのではあ
りません。答えは全部「常識、基本」にあるのです。
しかし、普通人はその情報の読み方を知りません。実は読み方がわかると難しいこ
とは何もないのです。
貿易赤字
「なんだ双子の赤字の話か! そんなこと知っているよ」
そう、アメリカについて語られるとき、必ず出てくる双子の赤字問題。ここをサラリと
かわして、次のお話をすることもできます。
しかし、ここが腑に落ちないと、世界の現状を理解することはできないのです。
まず貿易赤字から。(双子の赤字というと、普通財政赤字と経常収支(貿易収支・
貿易外収支・移転収支)の赤字をいいますが、ここでは単純化するために、貿易赤字
の話をします。)
アメリカの貿易赤字は、1981年に280億ドルを記録した後、一貫して増え続けて
いきました。
84 年には1000億ドル、87 年には1500億ドルを突破します。その後増えたり減っ
たりしながらも、アメリカはず〜っと貿易赤字をつづけているのです。
今、アメリカの貿易赤字はどうなっているのでしょうか?双子の赤字が問題視されは
じめたレーガン時代。それでも最大は年間1500億ドルくらいでした。 では今は?
ものすごいことになっているのです。
アメリカ商務省は06 年2 月10 日、2005年の貿易赤字が、7257億ドル(約65 兆
円)(!)だったと発表しました。前年比で17.5%(!)の増加。これは、レーガン時代
最大の年の約五倍に匹敵します。
(ちなみに、07 年は7014 億ドル、08 年6959 億ドルの赤字。09 年は経済危機によ
る消費激減により3786 億ドルまで赤字が減少しました。しかし、構造的問題はかわっ
ていません。)
このように、アメリカという国は、既に30 年も貿易赤字を続けている。そして、目玉
が飛び出るほどの赤字を計上している。
ここで皆さん不思議に思いませんか?
「なんでアメリカは、そんなんで存在し続けることができるのですか?」
その理由は少し後で申し上げます。
財政赤字
1963年、若くてハンサム、金持ちで人気のあったケネディー大統領が暗殺されま
す。その後をついだのがジョンソン。
この人は、明らかにアメリカの力を過信していました。
1964年1 月8 日、年頭教書でジョンソンは、「政府は今日、この場で貧困に対する
終わりなき戦いを宣言する!」と語り、「貧困撲滅キャンペーン」を開始。
政府が貧困を人工的になくすとはどういうことでしょうか?美しい言葉でいえば、
「社会保障・社会福祉を充実させる」となります。要は、政府の支出を増やして、貧し
い人々を救おうと。
さらにジョンソンは「偉大な社会」(グレートソサイアティ)を作ると宣言します。なん
だか毛沢東の「大躍進!」「文化大革命!」を思い出させる誇大妄想的なネーミング。
意味は、彼自身の言葉を借りれば、「豊かな社会、力強い社会ではなく一段上の偉
大な社会」「万人の豊かさと自由を基盤にする社会」「美しいものへの欲求と友人を持
つ願望を満たすことができる社会」等々。
このように「貧しい人々を救う」という発想はすばらしいに違いありません。しかし、
一つ条件があります。
そう、国家の収入の範囲でなら(ここでケインズ主義者から反発があるに違いあり
ませんが……)。
ジョンソンは偉大な社会を作ることだけを考えていたわけではありません。もっと、と
んでもない間違いを(?)犯してしまいます。
ベトナム戦争への介入を決めたのです。
アメリカは、1965年から北ベトナムへの空爆を開始。その後泥沼にはまっていきま
した。
ベトナム介入のせいで、1965年から68 年までに、軍事費は年平均18%の割合で
増加していきました。一方で、税収は増えなかった。
偉大な社会とベトナム戦争。増加しつづける福祉費と軍事費。世界唯一の超大国ア
メリカといえどもこれは痛い。
アメリカ財政赤字の起源はここにあります。
建国からジョンソンが登場するまでの約180年間、アメリカの国家財政は赤字なし
の方針で運営されてきました。戦争中に赤字が出ても、終わればすぐ返済を済ませて
いた。
ジョンソンの誇大妄想的政治により1968年の赤字は250億ドルに達します。しか
し、それは地獄への入口に過ぎなかったのです。
ジョンソンはその在任中に448億ドルの財政赤字を出しました。
次のニクソンは、6 年間で670億ドル。
フォードは、わずか2 年ちょっとの在任期間中に、ニクソンの倍の1269億ドルの赤
字を出しています。
次のカーターは、4 年間で2269億ドル。
「悪の帝国ソ連」との最終対決を決意したレーガンは、軍事費を1980年の1340
億ドルから2900億ドルに倍増させました。彼の在任中、財政赤字は1 兆3400億ド
ル。
数字を見ていただければわかりますが、赤字は「雪ダルマ式」に増加しています。
ブッシュ(パパ)もレーガン時代8 年にほとんど匹敵する1 兆400億ドルの赤字。
クリントンは奇跡の人です。なんと2 期目の98 年から財政を黒字にしたのです。ア
メリカの財政は以後4 年間にわたって黒字がつづきました。
ところが、戦争好きのブッシュ・ジュニアの登場で状況は一転。
アメリカがイラクを攻めた03 年は、3771億ドルで過去最大の赤字。04 年はこの記録
をさらに更新し4125億ドルの赤字。05 年は、またまた記録を更新し4270億ドル(約
38 兆円)。
「100 年に1 度の大不況」の真っただ中に大統領になったオバマさん。彼の時代にな
ってアメリカは、なんと毎年100 兆円(!)をこえる赤字を計上しています。
このように、アメリカという国は、1964年から現在に至るまで、ニクソンの初年度と
98〜01 年を除いて、45 年以上も財政赤字を続けてきているのです。
問題は、「なんでアメリカは破産しないの?」ということ。
普通の貿易赤字国では
どうしてアメリカは破産しないのでしょうか?
基軸通貨を持たない日本が貿易赤字をず〜とつづけた場合どうなるのでしょう
か?
普通通貨が下がりつづけ、輸入品の値段が高騰、インフレが起こります。
例を挙げましょう。
1994年のメキシコ。
北米自由貿易協定(NAFTA)が発効したのは、94 年1 月。結果、メキシコは、アメリ
カからの輸入が急増し貿易赤字が拡大していきます。
貿易赤字になると、赤字国の通貨が安くなる。しかし、当時のサリナス政権はメキ
シコの通貨ペソが下がらないよう、介入(買いささえ)を行っていました。
しかし、赤字が恒常的であれば、いつまでも買い支えられません。94 年12 月1 日
に就任したセディジョ大統領は、「これ以上ペソを維持するのは無理だ!」とあきらめ
ます。
そして94 年12 月20 日、ペソを15%切り下げ。
これをきっかけに、資本が一斉に逃避し、外貨準備が底をつき、通貨危機に陥った
のです。通貨危機の影響で、メキシコの国内総生産(GDP)成長率は95 年、マイナス
6.9%。インフレ率は52%。
これが貿易赤字の国で普通に起こることです。
ところで、メキシコはNAFTA発効後、わずか一年間の貿易赤字増加で通貨危機に
陥りました。
じゃあ、30 年も貿易赤字をつづけているアメリカは?
ドルの還流
アメリカはもう30 年間も貿易赤字をつづけている。
他の国ならとっくにドルが大暴落していいはずなのにシレーと生き延びている。いった
いなんなんでしょうか?
アメリカが貿易赤字・財政赤字をつづけていても、ドルが暴落しない理由は二つ。
1、ドルが還流している
2、ドルは基軸通貨である
既述のようにアメリカの貿易赤字は、膨大。毎月大金が国から流出していく。
しかし、出て行ったドルがまた返ってくるようにすればいいですよね?
「そんなことできるのでしょうか?」
これはいろいろ方法があるのです。
国の競争力を示すのが国際収支。国際収支は大きくわけると、経常収支と資本
収支にわかれる。ドルを還流させるというのは、美しい言葉で「貿易収支の赤字を資
本収支の黒字で補う」といいます。
例えば
・高金利
いうまでもなくお金は低金利の国から高金利の国に流れます。
レーガンさんは、高金利政策を取り、世界から資金をかき集めました。世界から資
金をかき集めるというのは、要は「ドルを買わせる」ということです。
日本ではず〜とゼロ金利がつづいていました。アメリカは金利をしばしば変えます
が、5%くらいだとする。そうすると、資金は日本からアメリカにどんどん流れていく。
このお金がドルを支えていたのです。
(今回の経済危機により、アメリカも低金利政策にシフトしています。)
・国債
貿易赤字で出ていくドルをどう還流させるかというはなしですが、財政赤字にもか
らんでいるお話。
日本や中国は、-貿易黒字でどんどんドルがたまっていく。その金で米国債を買い
ます。(還流)おかげで、アメリカは財政赤字があっても余裕で生きていける。
80 年代、日本の生命保険や金融機関などは、米国債を大量に購入していました。
90 年代になると今度は、郵貯・簡易保険・国民年金など公的資金が米国債を買い
始めました。
今アメリカの財政を支えているのは日本と中国です。
日本は、アメリカの天領だからしかたがありません。
中国は、貿易黒字でたまったドルを米国債にする。しかし、この国はアメリカの天
領ではありませんから、「米国債は外交カード(脅し)にもつかえるよね〜」などと考
えて買っているに違いありません。
・株
もっともいい例は、90 年代後半。
アメリカは90 年代半ばからIT革命を宣伝しまくりました。そして、97 年にはタイ発
の、98 年にはロシアの金融危機があり、「やっぱ投資はアメリカだ」ということになっ
た。
結果ニューヨーク・ダウは95 年の3900ドルから、2000年1 月の11900ドルま
で5 年間で300%の上昇。
世界の人がアメリカの株を買うということは、要はドルを買う、あるいはドルを還流
させるということ。
他にもいろいろとありますが、この辺でやめておきましょう。
アメリカが莫大な貿易赤字を25 年間もつづけていながら、存在している理由。
一つ目は、ドルが還流するシステムをうまいこと構築しているからでした。
基軸通貨
次に基軸通貨の話。
これが、どうも日本人にはわかってもらえないのです。
普通貿易赤字国の通貨はどんどん下がっていくものですが、世界最大の貿易赤字
国アメリカのドルはなかなか下がりません。
これはドルが基軸通貨だから。
基軸通貨というのは、国際間の資本・貿易取引において、民間・公的部門を問わず
幅広く使用されている決済通貨のこと。
この基軸通貨という用語がよくないのかなと思います。わかりにくいです。 もっとわ
かりやすくいえば、国際通貨・世界通貨ということ。
世界通貨という言葉は普通使われませんが、もっともビッタリくる用語の気がします。
通貨の上がり下がりは商品と同じで需要と供給で決まる。
普通貿易 赤字の国では、自国通貨の需要が外貨需要よりいつも少なく、どんどん
下がっていきます。
ところが、世界通貨ドルの需要は世界中であるので、なかなか下がりにくいのです。
どういう需要があるのでしょうか?
・アメリカと他国の貿易決済通貨として
例えばアメリカとロシア、アメリカと中国が貿易をするとき、理論的にはルーブルや
人民元で取引をしてもいいはずですね。ところがそんな話は聞きません。
ロシア企業がアメリカ製品を輸入するとき、ドルを買って支払いをする。ロシア企業
がアメリカに輸出するとき、代金をドルで受け取る。
・他国と他国の貿易決済通貨として
例えば、日本が中東から石油を買う。アメリカはまったく関係ありません。ところが、
どういうわけか日本の会社はまずドルを買い、それで石油を買う。
例えば、ロシアと中国が貿易をしている。理論的にはルーブルか人民元で払えばい
い。ところがどういうわけかドルで取引が行われている。
(経済危機後は、「ドルはずし」「自国通貨による貿易」の動きがひろがっています。
詳細は最終章で。)
・外貨準備として
世界の国々の中央銀行が、ドルを外貨保有している。
・世界中の民間人がドルを保有している
これって、なかなか日本人にはわかりにくいですね。
しかし、例えば自国通貨ルーブルを信用できなかったロシア人にとってはあたり前
のことでした。
例えば、シベリアの奥地に住む80 代のおばあちゃん。貯金はドルでタンスにが常識
だった。
なぜかというと、ルーブルの価値はインフレでどんどん減っていく。
なぜタンスかというと、ロシアでは数年に一度金融危機が起こり、銀行が大量倒産
していたから。
このようにドルは世界通貨なので、膨大な貿易赤字があっても、非常に緩やかに下
げてきました。
1971年まで1 ドルは360円の固定相場。この年8 月15 日、ニクソンは金とドルの兌
換停止を宣言します(ニクソン・ショック)。
1973年2 月から変動相場制に移行。80 年代の半ばまでに1 ドル250円まで下がっ
てしまいました。
それでも、しんどくなり、85 年9 月のプラザ合意。円はこの後120円まで上がり、その
後上下しながら95 年には80 円まで上がっています。
このようにドルは1971年から1995年の25 年間で、対円で約4 分の1 以下になっ
た。
まとめると、
・長期的には、膨大な貿易赤字により、ドルは下がりつづけている。
基軸通貨といえども、ドルを世界中にばらまきつづければ価値が下がっていく。しかし、
基軸通貨ゆえに、その下落過程は緩やかなのです。
・中短期的には、ドル還流の効果により上下する
クリントンのようにドル還流を効果的に行えれば、資金がアメリカに集中し、ドル高にな
ることもある、となります。
基軸通貨の特権
基軸通貨の特権について。
まず簡単にその真髄を書き、そのあとゆっくり説明していきます。
皆さん、自営業を営んでいると想像してください。
取引先に1000万円の借金があります。
取引先が、「Aさん、早く返してくださいよ〜。長年のつきあいですから、こんなことした
くありませんが、どうしても返してくれない場合は、法にうったえますよ」といってきます。
Aさんは、お店を担保に銀行から1000万円借りて返済しますね。
しかし、借金が1 億円あったらどうでしょうか?
銀行も貸してくれませんから、破産するしかありません。
これが、日本やメキシコやロシアやアルゼンチンなど普通の国の状態です。
では、アメリカの場合はどうなのか?
取引先に10 万ドルの借金があるとします。
取引先が、「ジョージさん、早く返してくださいよ〜。長年のつきあいですから、こん
なことしたくありませんが、どうしても返してくれない場合は、法にうったえますよ!」
ジョージ「OK、OK!」
ジョージさんは、四角い紙を取り出し、「100000$」と書き、取引先に渡しました。
取引先も満足して帰っていきました。
ところがジョージさんは今度、100万ドルの借金をしてしまいました。借金取りが
押し寄せます。
ジョージさんは、四角い紙を取り出し、「1000000$」と書き、借金取りに渡しま
した。借金とりは満足して帰っていきました。
一言でいうと、これが、普通の国と世界通貨(基軸通貨)を持つ国の違いです。
簡単にいえば、アメリカは「世界通貨を発行する特権を持っている」。いくら借金
があっても「刷ればいい」となります。
私は、『ボロボロになった覇権国家』という本を出した後、「基軸通貨について日本
人は理解できない」ことがわかってきました。
それは、円が非常に安定した通貨だからでしょう。弱い通貨の発展途上国で仕事
をしていればすぐ理解できます。
それで、過去のさまざまな本を読みあさってみたのですが、書いてあるじゃないで
すか。しかし、非常にサラリと。重要なことが、茶飲み話程度に書いてあります。
1990年11 月初版発行、大前研一先生の『ボーダレス・ワールド』。この本を参
考にしながら、基軸通貨の特権について説明していきます。
「アメリカに「対外貿易」はない。」(「ボーダレスワールド」大前研一)
え!アメリカに対外貿易はないのですか?
「アメリカは外国から物を買うための「外貨」を稼いだためしがない。」(同前)
ああ、まったくそのとおり。全部ドルで支払いますからね。
「外国商品の購入に使われる資金は依然としてドル建てなので、そうした取引は、
たとえばカリフォルニア産のオレンジやテキサス産のパソコンを買うのと、いささか
も変わりがない。」(同前)
う〜む、だんだん見えてきました。
「日本が外国だからといって、アメリカは日本に対して外貨(すなわち円)の交易
をしているわけではない。ここが国際決済通貨=ドルをかかえて国とそれ以外の国
との基本的な差である。アメリカには対外貿易などないのである。」(同前)
なるほど〜〜。国内の取引なら、「貿易赤字だ!」などと大騒ぎしません。
大前先生は、「ドル安にすれば、貿易赤字は解消する!」」と主張する愚かなアメ
リカ政府に警告します。
「政策担当者は「ドルを安くすれば貿易競争力が高まる」と信じて、ドルの価値を
下げている。これでは遅かれ早かれ、ドルがアメリカの貿易相手国に決済通貨とし
て受け入れられなくなる日が、必ずやってくる。」(同前)
この部分は、ドル安が進むと、ドルが基軸通貨・国際通貨・世界通貨の地位から
転がりおちることを指摘しているのです。
決済通貨じゃなくなるとどうなるのでしょうか?
「これは大問題だ。そうなるとアメリカは、輸入超過分の代金支払いに外国通貨
を借りなければならなくなる。」(同上)
つまりアメリカは普通の貿易赤字国に転落するという意味。アメリカは恒常的貿
易赤字大国ですから、こうなったらあきらかに破産します。
「したがってドルを強くしておくことが、最もアメリカの利益になるのだ」(同前)
ブッシュパパもクリントンもこのことがわからず、一生懸命日本をたたき、ドル安に
誘導していました。
ところが94 年12 月、これも賢いゴールドマンサックス共同会長ルービンが財務長
官に就任。大前先生の本を読んだかのごとく、ドル高株高政策をとり、空前の好況
をつくりだしました。
さらに先生は、ドルが基軸通貨であるかぎり、債務は問題でないという話をしてい
ます。
「この種の「債務」がアメリカの害になることはない。アメリカはブラジルとは違う。
ブラジルの場合には、国際的に通用する通貨で、対外決済を行なう必要がある。そ
れができないと、どこからかドルを借りてこなければならない。それに対してアメリカ
は、自国通貨のドルで決済することができる。
ブラジルにとって問題なのは、現在同国で起こっているように、自国通貨の価値
が下がれば、借りようとするドルが相対的に高くなることである。このような「債務の
悪循環」は、国際決済通貨であるドルを国内経済でも使っているアメリカの場合に
は起こらない」(同前)
なんとすばらしい解説。
さらに大前先生は、アメリカが債務を抱えたまま世界の覇権国家でいつづける方
法についても提示しています。
「もっと安全な手として、債務増大は解消されないが、やはりアメリカの繁栄を確
保できる道がある。それはドルを強く、安定に保つことである。カネがアメリカに流
れ込むのは魅力的な市場だからで、「その流入が止まるのではないか」という心配
こそ、アメリカと友好諸国の関心事にならなければならない」(同前)
これは、既に説明したように、ドル還流システムがしっかりし、ドルが強く基軸通貨
であれば、借金をいくらしても繁栄をつづけられるということ。
なんとなく、「基軸通貨ってすごいな〜」とご理解いただけたでしょうか?いくら借
金しても大丈夫なのです。
ダメ押しでマサチューセツ工科大学レスター・サロー教授の言葉を。
「もしドルが基軸通貨でなくなればアメリカはこんなに巨額の貿易赤字を抱えては
おれない。基軸通貨は貿易決済に使われる。他の国なら赤字分はドルを借りて支
払わなければならないがアメリカは必要なだけドル紙幣を印刷すればよかった。し
かし基軸通貨でなくなればそうはいかない」
大前先生もサロー教授も同じことをいっているのです。つまり――
ドルが基軸通貨でなくなれば、アメリカは没落すると。
アメリカは、事実上世界通貨の発行権を握っている。
この特権をアメリカは維持したいと思わないでしょうか?
当然思うでしょう。
大前先生がこの本を出版されたのは1990年。
ルーブルのソ連は最末期。
ドルに対抗する通貨といえば、円とドイツマルクでした。
しかし、日本はその後バブル崩壊で、暗黒の10 年に突入。
そして、ドイツは東西統一で苦しい。
アメリカはといえば、クリントン・ゴア・ルービン・グリーンスパンなど優秀な指導者に
恵まれ、空前の好況期に突入していきました。
大前先生でなくても、「ドル体制は永遠につづく」と思ったことでしょう。
しかし、盛者必衰のことわり通り、ドル体制を脅かす存在がぼちぼちと登場してきた
のでした。
アメリカを没落させる方法
皆さんちょっと、イメージ力を働かせてみましょう。
あなたは、ある国の大統領でアメリカが大嫌いだとします。
もし、あなたが「アメリカを没落させてやろう!」と決意した場合、どのような方法が考
えられるでしょうか?
ただし、アメリカは超軍事大国ですから、戦争という選択肢はありません。
アメリカは世界一の貿易赤字国・財政赤字国・対外債務国である。
しかし、基軸通貨ドルのおかげで、生きのびている。
どうすればいいでしょう?
そう、そのとおりです。
ドルを基軸通貨でなくしてしまえばいい。
そのためにはどうすればいいのでしょう。
簡単です。
ドルの使用量を減らせばいい。
悪の反米大統領が、戦略を構築しました。
1、目標=覇権国家アメリカを没落させること。
2、戦略=ドルを基軸通貨でなくすこと
3、戦術
・他国との貿易にドル以外の通貨を使う。
・外貨準備にドル以外の通貨を使う。
・「アメリカは双子の赤字でタイタニックだ」と風説を流布する。
・米国債を大量に購入しつづけ、後で売り浴びせる。
等々いろいろ考えられますね。
実をいうと、これは私のファンタジーではありません。実際に世界で起こっているこ
となのです。詳細はぼちぼち話していきます。
もう一つ想像力を働かしてみましょう。アメリカは借金を永遠につづけ世界最高の
生活水準を謳歌できる特権を持っている。それは、同国が世界通貨発行権をもってい
る、つまりドルが基軸通貨だからである。ドルが基軸通貨でなくなれば、他の財政赤
字・貿易赤字国同様、債務返済ができず没落は必至。
ここで、質問です。
「アメリカは、もしドル基軸通貨体制に挑戦してくる国・勢力があった場合、その国・
勢力と戦うでしょうか?」
これは当然戦うでしょう。
もう一つ質問です。
「その場合、アメリカは軍事力を使ってでも、ドル体制を守るでしょうか?」
ここで、我々平和ボケ日本人の脳はフリーズ状態になります。日本人は、「第二次
大戦後は戦争のない平和な時代になった」と幻想を抱いているので。
しかし、アメリカは第2 次大戦後、中国内戦・朝鮮戦争・ベトナム戦争・第1 次アフガ
ン戦争・湾岸戦争・ユーゴ空爆・第二次アフガン戦争・イラク戦争他数多くの紛争に介
入しています。これでも世界は平和になったといえるでしょうか?
頭の片隅に、次の言葉をとどめておいてください。
「アメリカは、ドル体制に挑戦する国があれば、軍事力を使ってでもそれを阻止す
る(かもしれない)」
アメリカの恐怖
アメリカがなんとしてでも、ドル体制を守りたいのは、この体制が崩れればアメリカ
は普通の国になってしまうからです。
普通の国というのは、いうまでもなく、普通の財政赤字国・普通の貿易赤字国。
そして、アメリカは普通の財政赤字・貿易赤字国同様のプロセスをたどることになる。
財政赤字によって没落する場合というのは、要するに誰もアメリカ政府に金を貸し
てくれない状態になる、つまり、誰も米国債を買わなくなるということを意味します。ア
メリカは当然国債の金利を引き上げるでしょう。それでも買い手がつかない状態を指
すのです。
例を挙げましょう。98 年8 月にロシアで金融危機が起こりました。この直前の短期国
債金利は135%(!)でした。
その後、ロシアはどうなったか?
ルーブルは、98 年7 月1 ドル6 ルーブルから、年末までに20 ルーブルまで下落し
てしまいました。ルーブルの価値は、わずか5 ヶ月で3 分の1 になったのです。
この部分サラリと読み流さないでください。ドルの価値が3 分の1 になるということ
は、1 ドル=30 円(!)になるということです。
輸入品の値段は単純計算で三倍になるのですから、どれほどのインフレになるか
想像できるでしょう。
ちなみに98 年ロシアのGDPはマイナス5%、インフレ率は84%でした。
貿易赤字については、先にメキシコの例を挙げました。基本的に財政赤字でも貿
易赤字でも同じような結果になります。
つまり、通貨の下落とハイパーインフレ。
ちなみに、現代史を振り返ると、92 年には欧州で、94 年にはメキシコ発、97 年には
タイ発、98 年にはロシアでそれぞれ通貨・金融危機が起こっています。しかし、世界恐
慌にはいたりませんでした。それは、ある国で金融危機が起こると、国際通貨基金(I
MF)や先進国が救済するからです。
しかし、アメリカのような超大国が危機に陥るとき、救済は可能なのでしょうか?
もう一つの心配はアメリカが覇権国家であるということです。覇権国家の没落というと、
20 世紀前半のイギリスを思い出します。イギリスの没落で、基軸通貨はポンドからド
ルに移行しました。その期間、二つの大戦が起こっています。
91 年には、共産陣営の覇権国家ソ連が崩壊しました。アメリカの没落は、ソ連崩壊
以上のインパクトでしょう。
数字を見てみます。ソ連時代、ドルとルーブルは大体1 対1 の割合で交換されてい
ました。それが、ソ連崩壊後はどうなったか?
崩壊から1 年後の92 年12 月、1 ドル=415ルーブル(!)、2 年後の93 年12 月、1
ドル=1247ルーブル(!!)、94 年12 月、1 ドル=3550ルーブル(!!!)。
92 年のインフレ率は2610%(!!!)、93 年は940%、94 年は320%。
もう一度言います。ここをサラリと読み流さないでください。
皆さんが、セッセと貯金に励み、3 億円貯めたとしましょう。
「あ〜、これでもう死ぬまで安心して暮らせる。仕事ばっかりで、妻にはさびしい思
いをさせた。これからは、いつも一緒で悠々自適の生活をしよう!」
インフレ率2610%というのは、3 億円の価値が1 年後に1153万円になる。それ
が翌年にはさらに9 分の1 に。つまり、128万円。翌年さらに3 分の1 になり42 万円
の価値しかなくなってしまった。
これはファンタジーではありません。実際にロシアで15 年前に起こったことです。
アメリカは世界一の財政赤字・貿易赤字・対外債務国家。この国がソ連のようにな
らない保証はまったくないのです。
アメリカがドル基軸通貨体制をなんとしても守りたい理由がおわかりいただけたで
しょうか?
ドル体制の危機
まえがきで触れたように、ソ連崩壊により、欧州は「再び世界の覇権を狙える時代
になった!」と喜びました。
しかし、軍事力ではアメリカにかなわない。
では、どうやってアメリカから覇権を奪うのか?
通貨を統合することで。
フランス大統領顧問のジャック・アタリはいいました。
「通貨統合・政治の統一・東欧やトルコへの(EC)拡大。これらが実現できれば、欧
州は21 世紀アメリカをしのぐ大国になれるだろう」
そして、1999年1 月1 日。欧州通貨統合がスタートしました。
ユーロの誕生です。
当時参加11 カ国の人口は2 億9000万人、国内総生産(GDP)は6 兆3000億ド
ル。アメリカは2 億7000万人の7 兆8000億ドル。
ついに世界に、ドル体制を崩壊させる可能性のある通貨が登場したのです。
先ほど、アメリカは軍事力を使ってでもドル体制を守ると書きましたが、さすがに欧
州を攻撃することはできません。
しかし、別の国を攻撃することになります。
それがイラク。
サダム・フセインは、ユーロが誕生した翌年2000年の9 月24 日、「石油代金として
今後一切ドルを受け取らない」と宣言しました。では何で受け取るのか?
ユーロ。
フセインをそそのかしたのは、ユーロを基軸通貨にしたいフランスのシラク大統領。
湾岸戦争後経済制裁下にあったイラク。
石油は国連経由でしか売れませんでした。評判の悪い独裁者フセインは、一人で
国連を動かせません。
しかしフランスが国連を動かし、フセインの要求は、2000年10 月30 日に受け入れ
られることになります。
ドルでしか買えなかった石油が、ユーロでも買えるようになる。
もし、ドミノ現象がおき、「石油はユーロで取引」がスタンダードになった日にゃあ。
アメリカはユーロを買って、石油を買うことになる。しかし、アメリカは世界一の赤字
国家。
そう、アメリカの没落は不可避です。
アメリカがイラクを攻撃した理由。「大量破壊兵器」もなく「アルカイダとの関係」もな
かったフセインのイラク。CIAは「すいません間違えました」といい、ブッシュは「CIAの
せいだ」といっています。
しかし、CIAが本当に上記二つの事実を知らなかったと信じる人が世界にいるでしょ
うか?
ドル体制防衛が攻撃の一因と考えた方が自然です。
私はこのことについて、メルマガでも本でも一貫して書いているのですが、日本で
はあまり知られていないようです。
というか、フセインの決定と戦争が結びつかないということでしょうか。
しかし、新聞に事実は載っています。
例えば06 年4 月17 日付の毎日。
「イラクの旧フセイン政権は00年11 月に石油取引をドルからユーロに転換した。国
連の人道支援「石油と食料の交換」計画もユーロで実施された。米国は03年のイラ
ク戦争後、石油取引をドルに戻した経過がある」
本当は、ユーロをドルに戻すために攻めたのですが。
ここまで通貨について書いてきました。このことは今後、繰り返し繰りかえし形を変
えて登場してきます。
なぜなら、世界の指導者は知っているのです。
「アメリカを没落させるには、ドル体制を崩壊させればいい」


第2 章
資源争奪戦
イラク戦争の動機について、「ドル基軸通貨体制防衛が原因だ」と書きました。
しかし、もう一つ重要な理由があります。
時事通信07 年9 月17 日付を引用してみましょう。
<「イラク開戦の動機は石油」=前FRB 議長、回顧録で暴露
07 年9 月17 日15 時0 分配信 時事通信
【ワシントン17 日時事】18 年間にわたって世界経済のかじ取りを担ったグリー
ンスパン前米連邦準備制度理事会(FRB)議長(81)が17 日刊行の回顧録で、
2003 年春の米軍によるイラク開戦の動機は石油利権だったと暴露し、ブッシ
ュ政権を慌てさせている。>
FRB のグリーンスパン前議長は、「イラク開戦の動機は石油だった」と暴露してい
る。
これを聞いて、世界の指導者たちは「さもありなん」と思います。しかし、日本人の大
部分は「???」。
「平和ボケ」している日本人は、「石油のために人殺しする」のが信じられない。
しかし、これは厳然たる事実なのです。
この章では、国際関係を動かすファクターとして非常に重要な「資源」について触れ
ていきます。
アメリカの本音と建前
アメリカの話をつづけます。
1991年のソ連崩壊後、アメリカは一種のアイデンティティークライシス状態になりま
した。1945年以降46 年間、米ソが対峙する冷戦が常態だったのですから当然です。
「次はどっちに進んだらいいのだろうか?」と混乱したとしても不思議ではありません。
そんなアメリカ上層部に、進むべき方向性を与えてくれたのが、フクヤマさんの「歴
史の終わり」と、ハンチントン博士の「文明の衝突」。
フクヤマさんは、「リベラルな民主主義が政治の最終形態であり、歴史の終わりであ
る」といいます。
ハンチントン博士は、「二極(米ソ)体制が崩壊した後の世界は、文明同士の衝突が
起こるだろう」と予測します。
そして現在、世界はお二人の予想どおり進んでいるように見えます。
例えば、旧ソ連諸国で次々と起こったカラー革命。これは、リベラルな民主主義を求
める民衆が、独裁的な体制を崩壊させたように思える。
また、9. 11 テロ、アフガン攻撃、イラク攻撃と続く一連の流れは、「キリスト教対イ
スラム教の戦い」、つまり文明間の衝突のように見えます。
皆さんも、同じような意見の専門家の話を何度も聞いたことがあるでしょう。
本当にそうなのでしょうか?
ブッシュ前大統領は、二言目には「民主化」「民主主義」と言いたがりました。ですか
ら、アメリカは「世界をリベラルな民主主義にし、歴史を終わらせる」という崇高なミッシ
ョンを遂行しているように見せています。
しかも、ブッシュは敬虔なキリスト教徒ですから、「異教徒イスラムをぶちのめしたい」
という強い気持ちを隠すことができなかった。
事実ブッシュは03 年、エジプトで開かれた米―アラブ首脳会議で、「アフガニスタン
でテロリストと戦えと神に告げられ、そうした。イラクについても、神に圧政と戦えと告
げられた」と語っています。
さて皆さん――
ブッシュは、神様と民主主義のために戦争を開始したのでしょうか?
とんでもありません。
これがインチキであることを、一瞬にして証明しましょう。
もしアメリカがキリスト教の神のために戦っているのであれば、イスラム教国と仲良く
してはいけないですね。
もしアメリカが民主主義のために戦っているのなら、「独裁者」と仲良くしてはいけな
いですね。
実際、アメリカはアフガンを攻め・イラクを攻め・今はイランを敵視していますから、
「そのとおり!」ではあります。
まるごと、そうでしょうか?
サウジアラビア・アゼルバイジャン・カザフスタン・トルクメニスタン。
思いつくままザッとあげましたが、この四国の特徴はなんでしょう?
そう、イスラム教の独裁国家であること。
サウジアラビアは、政教一致の絶対君主制(!!!)。
アゼルバイジャンは、ソ連崩壊で誕生した新しい国。
初代大統領は、KGBの大物だったゲイダル・アリエフ。彼の死後、息子(!)のイリ
ハム・アリエフが大統領になっています。一応選挙は行われましたが、公正な選挙だ
と思っている人はいません。
カザフスタンも同じく旧ソ連。大統領のナザルバエフは、ゴルバチョフが「ゆくゆくは
ソ連書記長に・・・」と考えていた優秀な男。米中ロといい関係を築き、経済を急成長さ
せています。
しかし、独裁は独裁。
彼は1990 年から現在まで20 年も政権の座に居座っています。
トルクメニスタンも同じく旧ソ連。
前大統領のニヤゾフは、独裁者の多い旧ソ連でも一番の独裁者でした。国中に彼
の肖像が掲げられ、お札にも大統領の顔。1999年12 月、議会(一応ある)は、「大統
領の任期は無期限(!)」と決定しています。(ニヤゾフは06 年12 月死亡)
一体なぜこの四国を例にあげたのか?
これらの国々はイスラムで独裁なのに、アメリカとそこそこいい関係を築いている
のです。
ですから、ハンチントン博士のいう「文明の衝突」が起こっているとか、アメリカが
「歴史の終わり」を推進しているというのはインチキなのです。
決して二人の偉大な学者さんがインチキなのではありません。アメリカが自己の行
動を美化するために、二人の理論を利用しているということ。
ところで、これらの国々には他にも共通点があります。
そう、石油か天然ガス、あるいは両方がたっぷりある。
そうなのです。
これらの国々はイスラム教で独裁ですが、石油・ガスがたっぷりあり、アメリカに反
抗していない。だから、アメリカは独裁者を保護しているのです。
一言でいえば、アメリカにとって、「石油は民主主義よりも大事」ということ。
こういわれても、ピンとこないでしょう。
「え〜〜〜、あの正義を重んじるアメリカが?とうてい信じられません」
その気持ちわかります。しかし、世界で起こっていることを注意深く見ていると、理
由がわかってきます。
増加し続ける石油需要
皆さん、「クリーンエネルギーの時代がすぐ来る!」なんて考えていませんか? と
ころが、現実はそう甘くないのです。
私も地球の未来を非常に心配していますから、そう願いたい。しかし、実際はそう簡
単ではないのです。
石油の需要は、これからも伸びつづけることがわかっています。
米エネルギー省によると、一日あたりの世界石油消費量は、2000年の約7700万
バレルから、05 年には8500万バレル、10 年9400万バレル、15 年1 億200万バレ
ル、20 年1 億1000万バレルと増加しつづけていきます。
2000年の時点で、石油は世界のエネルギー消費の39%を占めていました。2 位は
石炭で24%、3 位は天然ガス(22%)4 位原子力(6%)とつづきます。
2020年にはどうなるのでしょうか?
なんと37%が石油。20 年間で2%しか減らない。減るといっても、もちろん、エネルギ
ー消費全体内の割合が減るだけで、量は前記のように増加しつづけていきます。
2 位は天然ガス(29%)になります。3 位は石炭で22%。残り12%の中に原子力・水力・
風力・太陽エネルギー・燃料電池などが含まれる。
同省の予測では、1996〜から2020年まで、石油消費量は年平均1.8%づつ増加
していく。天然ガスは同期に、年平均3.3%づつ増加、石炭は1.7%、原子力はマイナ
ス0.4%となっています。
一体どうして石油の需要は増えつづけるのでしょうか?
第一の原因は、石油が非常に便利なエネルギーだということ。
あまり考えたことありませんが、石油って何に使われているのでしょうか?
発電・暖房・交通エネルギー。
発電や暖房は、ガス・石炭でもいけますが、交通エネルギーは、今のところほぼ石油
の独占状態にあります。ガソリン・ディーゼル燃料・ジェット燃料等々、実に交通エネ
ルギーの95%が石油製品。
その他、潤滑油・プラスチック・化学繊維等にも使われています。
このように石油はマルチなエネルギー源ですので、なかなか新エネルギーが普及し
ていかないのです。
この事実をふまえて他の原因を挙げると、人口増加と経済成長。
人口が増えればエネルギー消費が増えるのは、理解できますね?
「しかし、日本は05 年から人口が減少しているではないですか?」
それは日本の話。世界全体ではまだまだ人口増加がつづいていくのです。
世界の人口は1950年、わずか26 億人でした。それが、1999年には60 億。50 年
で倍以上増加しています。
そして現在、世界の人口は年間8000万人のペースで増えつづけている。米商務
省によると、06 年に世界人口は65 億人を突破。同省の予測では、13 年に70 億人、
27 年に80 億人、45 年には90 億人を超えます。
国別で見ると、06 年時点で、1 位中国(13 億人)、2 位インド(11 億人)3 位アメリカ(3
億人)、日本は1億2700万人で10 位。
50 年後にはどうなるかというと、1 位インド(16 億人)2 位中国(14 億人)、3 位アメリカ
(4 億人)。
人口が増えるので、石油の消費も増える。
そうはいっても、「人口が増えたから石油の消費が増える」というのは、真実の半分。
自然と調和して生きているアマゾンやアフリカの原住民・エスキモーや遊牧民がいくら
増えても石油消費は増えないでしょう。
人が豊かになり、ガソリンを使う自動車を買う。電気を使う冷蔵庫・洗濯機・テレビ・
エアコン・パソコン等々を買う。これが需要増の最大の原因。
世界総生産(GWP)は、1950年から50 年間で、6 兆ドルから41 兆ドルまで6 倍
増加しました。
ところで、人類は経済成長をやめるつもりがあるのでしょうか?
まったくないですね。
先進国でもマイナス成長になったら首相の首が飛びます。
石油消費量が特に急増していく見通しなのが、成長著しい中国とインド。
米エネルギー省のデータによると、中国の石油消費量は、1999年の日量430万バ
レルから20年には1040万バレルまでに2.5倍(!)増加。それまで年平均4.3%(!)
のスピードで増えつづけていきます。
インドは、1999 年の日量190 万バレルが2020 年には580 万バレルに3倍化(!)。
年平均の増加率は5.4%(!)。
最後に、この国のことを語らずにはいられません。アメリカの消費はどうなのでしょう
か?
同省によると1999年の日量1950万バレルが2020年には2580万バレルに。2
020年の時点でも、世界一の石油消費大国に居座りつづけます。
もっと先の話をしましょう。30 年の予測では、中国の消費量は日量1500万バレル。
アメリカは2760万バレル。アメリカの世界需要に占める割合は23%で依然として首
位。中国は13%で2 位の座をがっちり守っています。
そろそろ皆さん、疑問が出てきたのはないでしょうか?
そんなに需要が増えて、石油は枯渇しないのですか???
石油がなくなる日
どんなに石油需要が増加しても、埋蔵量が無限であれば問題は起こりませんが、果
たして無限なのでしょうか?
そんなことないですね。
いつかは枯渇します。いつ枯渇するのでしょうか?
これは、はっきりわからないのです。なんといっても石油は地下に眠っていて、正確
な量などわかりません。
しかし、大体の予想はできます。
石油大手BPのデータによると、世界の石油確認埋蔵量は前世紀末時点で1 兆33
0億バレル。
もちろん未確認埋蔵量もあります。未確認ですから正確な量はわかりません。専門
家の意見を聞いても、2000億バレルから9000億バレルとバラつきがある。
まあいずれにしろ、2040年おそくても60 年までに石油は枯渇するというのが多く
の専門家の意見です。
量が少なくなれば、獲得競争が激しくなるに決まっています。
もちろん代替エネルギーにシフトするのがベストですが、既にお話したように、今の
ところ期待できません。
もっと決定的なお話をしましょう。アメリカの確認埋蔵量は約300億バレル。現在の
テンポで生産を続けていった場合、BPの予測では11 年後に同国の石油は枯渇する。
どうすればいいのでしょうか?
わかりますね。
他の国からもってくればいい。
中東産油国の存在感
アメリカというのは、実は石油大国です。
生産量も毎年、サウジアラビア・ロシアとトップを争っている。ところが、圧倒的に消
費量が多いため、輸入量が増加しつづけているのです。
アメリカの輸入量は1950年、日量約32 万バレルでした。それが、1970年には10
倍化し、76 年には700万バレルを突破。2000年からは日量1000万バレルを超え
ています。同国の石油輸入量は、全世界の原油生産量の約8 分の1(!)。
輸入依存度ですが、1960 年代はまだ20%程度でした。アメリカ政府の予測だと同
国の輸入依存度は2025年、65%〜70%に増加します。なんといっても、自国の石油
が枯渇しつつあるのですから、当然といえば当然。
「一体どこから持ってくればいいのだろう?」
政府は頭を悩ましている。実をいうと選択肢はそう多くありません。
石油に恵まれた地域は、中東・カスピ海(中央アジア・コーカサス)・ロシア・南シナ
海等。
しかし、中東の存在感は他を圧倒しています。
サウジアラビアの確認埋蔵量は2000 年時点で2635 億バレル。世界総埋蔵量の
25%(!)。これはアメリカ・カナダ・南米・欧州・旧ソ連諸国の合計を上回るとてつもな
い量なのです。
アメリカがどうして、政教一致の絶対君主=独裁者を保護しているのかわかります
ね。「中東民主化!」というスローガンは都合のいい時にだけ使うキレイ事にすぎませ
ん。
BPのデータによると、イラクは1125億バレルで世界2 位。約11%を占めています。
先に、「フセインが原油の決済通貨をユーロにかえたことが、イラク攻撃の真因」と
いう話をしました。
しかし、石油が枯渇しつつあるアメリカ。
決済通貨をユーロからドルに戻すと同時に、膨大な石油利権を独占するのも悪くな
いでしょう。事実、アメリカは、フセイン時代イラクの石油利権に入りこんでいたフラン
ス・中国・ロシアを追い出し、利権を独占しています。
3 位は978億バレルのアラブ首長国連邦(9.4%)、4 位はクウェート(965億バレル・
9.3%)。
5 位はイラン(897億バレル8.7%)。
ここで賢い皆さんは考えてしまったでしょう?
「アメリカが核保有を宣言しテポドンをぶっ放す北朝鮮にやさしく、核のないイランに厳
しいのはもしかして――」
そう考えるのが自然です。
その他、バーレーン・オマーン・カタール・イエメンなどにも石油があります。
9 カ国は現在、総産油量の約30%を占めている。
埋蔵量は合計6730億バレルで、なんと全世界の65%(!!!)。
これはどういうことかというと、「中東石油が世界の石油消費に占める割合はこれ
から増えつづけていく」ということ
1999年、世界の石油消費に占める中東石油の割合は27%でした。これが、2010
年には33%、2020年には39%と増加していく。
物がありあまっていて、買い手が少ないとき。これは買い手市場で、安く叩けます。
しかし物が少なく、買い手が多いとき。これは売り手市場でどんどん値段が上がって
いきますね。
石油は90 年代、買い手市場でした。
1998年にはバレル10 ドル代で取引されていた。ところが、2000年代になるとグ
ングン値段があがり、08 年には140 ドルを突破。
その後、経済危機の影響により、一時30 ドル台まで大暴落しましたが、すぐに戻し、
今はバレル70〜80 ドル台をウロウロしています。
(未確認埋蔵量もありますから、いつ枯渇するのかはわかりません。しかし、需要が
長期的に伸びつづけ、供給が先細りという傾向であることは間違いありません。
より重要なことは、「実際どうなるか?」ではなく、「アメリカ政府がどのように考えて
いるか?」ということ。未来に備える外交は、事実ではなく予測に基づいて決定するし
かないのですから。)
アメリカは中東への軍事介入を恐れない
世界は中東石油への依存度を強めていく。
これってアメリカにとってはどうなのでしょうか?
アメリカは、石油大国のサウジアラビア・クウェート・アラブ首長国連邦などと比較的
良好な関係を築いています。しかし、イランのような反米国家もある。そして、中東イ
スラムの民衆は皆超反米。世界埋蔵量の四分の一を占める親米サウジで革命が起
こった日にゃあ。
先にイラクの例を挙げましたが、アメリカが今後、「資源の宝庫」中東を抑えるため
に武力を使う可能性はあるのでしょうか?
あり得る話です。非常に。
実をいうと、アメリカにとって中東への軍事介入は、決意が必要なできごとではない
のです。
少し歴史を振り返ってみましょう。
石油需要が激増したのは、20 世紀初頭のこと。それ以前も石油は使われていまし
たが、主に灯火用でした。
ところが1912年、イギリス軍が軍艦のエネルギーを石炭から重油に変更。これ以
降、石油は戦争や交通にかかせないエネルギーになります。
アメリカは当時世界最大の産油国。中東には、それほど関心を持っていませんでし
た。
しかし、第2 次大戦の終結と冷戦のはじまりによって、政策の転換を迫られることに
なります。つまり、ライバルソ連が中東産油国を支配下に置くことを恐れたのです。
アメリカは、トルーマン・ドクトリン(1947年)でもアイゼンハワー・ドクトリン(1957
年)でも、中東の全ての国に対し、ソ連あるいはソ連の同盟国から攻撃された場合、
米軍が支援することを約束していました。
そうはいっても、アメリカがすぐ、中東を真剣に支配しようとしていたわけではありま
せん。この地域は伝統的にイギリスの影響圏にあったのです。
本腰を入れ出したのは、1968年にイギリスのウィルソン首相が、「1971年末まで
にイギリス軍を中東から撤退させる」と発表した後。
当時国家安全保障会議の議長だったキッシンジャーは、ニクソン大統領に、中東へ
の関与を強めるよう進言します。
ところが問題があった。当時アメリカはベトナム戦争の真っ最中で、中東まで手が
回らなかったのです。そこで、米政府は、イギリス撤退後中東で共産勢力が拡大しな
いよう、地域の大国(具体的にはサウジとイラン)を支援することにしました。
アメリカがさらに、中東の重要性を認識するきっかけになったのが、1973〜74 年
のオイルショック。
1973年、第四次中東戦争が勃発。アラブ諸国はイスラエルの肩を持つアメリカへ
の原油輸出停止と他諸国への輸出制限を決めます。
オイルショックは世界経済に大打撃を与え、アメリカ政府も中東政策を変更せざる
を得なくなります。
1975年、国務長官になっていたキッシンジャーは、「(産油国の行動が)なんらか
の形で先進工業世界の首を絞める事態が起これば、アメリカ政府は躊躇なく武力を
行使する」と断言。
1979年、イラン国王がイスラム原理主義勢力に打倒されるイラン革命が起こりまし
た。世界は第二次オイルショックに直面します。
1980年、普段は温和なカーター大統領が強気の発言。
曰く「ペルシャ湾の支配権を握ろうとする外部勢力の試みは、いかなるものであれ、ア
メリカ合衆国の死活的国益に対する攻撃と見なされ、必要ならば武力行使を含むあ
らゆる手段によって排除される。」
そうなんです。アメリカは大昔から、もしアメリカ以外の勢力が中東を支配しようとす
れば、武力を使うと宣言している。
さて、中東ではその後、何が起こったのでしょうか?
1980〜88 年のイラン・イラク戦争で、アメリカはサダム・フセインを支援。
ところが1990年8 月、フセインがクウェートに侵攻したので、ブッシュパパはイラク
との戦争に踏み切り、もちろん勝利します。
アメリカは湾岸戦争後も、必要ならば武力を使うという意志を示し続けてきました。
1995年、ジョセフ・ナイ国防次官補は「同地域(中東)におけるアメリカの死活的に
重要な国益を守る態勢は維持しつづける。必要ならば単独でも」と語っています。
意味するところは、アメリカは中東における利権を守るために、いつでも単独武力
行使に踏み切る準備があるということ。
そして、ジョセフ・ナイの言葉は実行に移されています。アメリカは、1998 年12 月に
イラクに対して空爆を実施。
99 年8 月までの9 ヶ月間で攻撃目標359 ヶ所に1100発のミサイルを撃ち込みま
した。空爆はその後も、03 年にイラク戦争がひと段落するまで、繰り返し行われてい
ます。
このように、アメリカが必要に応じて、中東で武力行使することは既定の方針。これ
からもそうするに違いありません。
中東支配をめぐる米中の争い
もう一つの脅威。
中東産油国は現在、徐々に輸出相手を多角化しています。つまり、「アメリカさん、
あなたが買ってくれなくても、全然困りませんよ」という状況になりつつあるのです。
例えば中国の中東原油輸入量は、2000年から2020年までに10 倍増加し、日量
530万バレルになることが予想されます。
どうでしょう?
石油消費量1 位アメリカと2 位中国は、ペルシャ湾を抑えなくて、どうやって経済成
長をつづけるのでしょうか?
この地域がどうしても必要ということであれば、両国の間に紛争が起こる可能性も
否定できません。
皆さんここで、ちょっと考えてみてください。これはファンタジーでしょうか? それと
も起こり得る現実的な悪夢でしょうか?
「もし、中国の一人当たりのエネルギー消費量が日本並みになれば、中国一国だ
けで、世界のエネルギーの70%を必要とするようになるだろう。
また、もし中国のエネルギー消費量がアメリカ並になれば、この国は世界の生産能力
を超える石油を必要とするようになる。これは当然、中国との紛争の元である。
もちろん、石油を必要とするのは主に国内消費のためだろうが、中国がアメリカとの
紛争は必至と考えても不思議ではないし、それに備えていると思われる。
中国はたえず、産油国との関係改善を図っている。そしてそのほとんどは、いわゆ
る「ならず者国家」である。」
(2002年6 月20 日、フランク・ギャフニー元国防総省副長官)
米中の未来
現在の世界を見ると、覇権国家はアメリカ、そして次期覇権国家候補は中国しかい
ません。
80 年代は、「日本が次の覇権国家に」などと普通に考えていませんでしたか。そう
いう論調はあちこちで見られました。
バブル崩壊後も「21 世紀は日本の時代だ!」などという人もいました。
そういいたい気持ちもわかります。私も祖国日本を愛していますから、そういう希望
的な言葉をいいたい。
しかし、予測・分析する立場としては、真実を語らざるを得ません。日本は覇権国家
になれないのです。
なぜか?
「覇権」という言葉を辞書で見ると、「支配権」とあります。
経済辞典を見ると、「大国が権力によって他国を支配すること」とあります。覇権国
家というとわけがわかりませんが、要するに「世界を支配している国」ということ。
共産陣営の覇権国家はソ連でした。クレムリンが「ああしろ、こうしろ」と全世界の書
記長に指令を出していた。
アメリカは民主主義国家ですから共産陣営と比べると、ゆるい支配ですが、いろい
ろと内政干渉してきますね。
日本が戦後アメリカに逆らったことは、数えるくらいしかありません。
田中角栄がアラブ・中国と独自外交をしたとき。細川さんがアメリカに行き、クリント
ンの要求に全部「NO」といったとき。橋本さんが、「あんまり理不尽な要求すると、米
国債を売りたくなるんだよね」とアメリカを脅迫したとき。
こういう例外もありますが、日本の首相は、概して米幕府将軍のいうがままに右往
左往してきました。
欧州は天領の日本と違い、譜代大名ですから多少の自由はありますが。
アメリカのイラク攻撃について、どの国も理不尽だと思ったはずです。
しかし、実際に最後まで反対したのはドイツとフランスだけでした。もちろんアメリカ
の覇権外にいる中ロは最後まで抵抗しました。
覇権は支配権。
そして、支配権の源泉とはなんでしょうか?
嫌われそうですが、正直にいえば金と力です。
普通の言葉でいえば経済力と軍事力。
「え〜、徳や品格は必要ないのですか?」
『国家の品格』(藤原正彦著)を読んで感動した、多くの日本人はこんな風に聞きた
くなるでしょう。私も、品格ある世界であったらいいなとは思います。
徳や品格はあった方がいいですが、覇権国家の絶対条件ではありません。
インカ帝国の現地人を大虐殺し、滅ぼし奴隷化したスペインに徳はありましたか?
麻薬(アヘン)を売りたいがために中国に戦争をしかけたイギリスに徳はありました
か?
スターリンのソ連に品格はありましたか?
今のアメリカに徳や品格がありますか?
まったくないですね。
日本は、経済力で世界3 位。しかし軍事力を見ると核もありませんし、軍事費はアメ
リカの十分の一。
中国は国内総生産(GDP)で世界2 位。軍事費も世界2 位。
ただし、アメリカが覇権を「ハイどうぞ!」と譲るかという問題はあります。
人類歴史は覇権争奪戦
ニーチェは「人間の本質は権力への意志である」といいました。
まあ、そうでない人もいると思いますが、そういう人も多いです。
例えば、会社に入れば、出世競争に励む。目指すは、会社の社長です。
起業すれば、業界内の順位を徐々に上げていき、できれば一位になりたい。
国家も同じ。
まずは地域で一番になりたいし、その後は覇権国家を目指したい。
「なぜそうなのですか?」と聞かれても答えようがありません。登山家が頂上へひた
すら急ぐように、国家は覇権の拡大を目指していく。
人類の歴史を見ると、常に覇権争いが起こってきました。絶え間ない戦争の歴史。
どんな争いがあったのか、超簡単に振り返ってみましょう。
ポルトガル対スペイン
16 世紀、ポルトガルとスペインが熾烈な植民地獲得競争を繰り広げていました。両
国は世界各地で戦っていた。
それでローマ法王が調停に入ります。
「スペインは、新大陸(南北アメリカ)を治めなさい。ポルトガルはアジアを治めなさい。
ア〜〜〜メン」
それで両国が納得したというのもすごいですね。
ポルトガルは、東洋貿易を独占、中国や日本とも通商を開始しました。首都リスボ
ンは、世界商業の中心になります。
この頃スペインは新大陸に進出。アズデク・インカ帝国を滅ぼし、16 世紀末までに中
南米のほとんどを支配下に置きました。
ここには大量の金銀があった。スペイン人は現地人を奴隷化し、採掘にあたらせま
した。そして、次第にポルトガルを圧倒する力をつけていったのです。
スペイン対オランダ・イギリス
しかし、スペインの栄光も長くはつづきませんでした。毛織物業の中心地だったネー
デルランドが独立戦争を起こしたのです。ネーデルランド(オランダ)は1581年に独
立。
またスペインは1588年、イギリスとの戦争にも敗れ、没落していきました。
オランダ対イギリス
覇権争いは絶えることがありません。1602年、オランダは東インド会社を設立。世
界に進出し、各地でポルトガル・スペインと戦争を行い、勝利します。17 世紀初め、ア
ムステルダムは世界経済の中心になっていました。
一方イギリスは、1600年に東インド会社を設立。オランダと競争を開始します。とこ
ろが、まだ力不足で各地でオランダに敗退。東はインド、新大陸は主にアメリカを活動
の拠点にしました。
世界各地で小競り合いを繰り返すオランダとイギリス。結局本国同士の戦争に発展
します。
三次にわたる英蘭戦争(1652年・1665年・1672年)にイギリスは勝利。オランダ
は没落。以後復活することはありませんでした。
イギリス対フランス
オランダを蹴落としたイギリス。しかし休む間もなく、今度はフランスとの争いが激化
していきます。
フランスは、イギリスが既に入っている場所に遅れて進出していった。例えば、北
米・インド・西インド諸島・アフリカ等々。
イギリスは、1702〜1713年のアン女王戦争、1744〜1748年のジョージ王戦
争、1754〜1763年のフレンチ‐インディアン戦争に勝利し、フランスを北米大陸か
ら駆逐します。
またイギリスは、インドの支配権を決めるプラッシーの戦い(1757年)にも勝利しま
した。

うしてイギリスの世界覇権は決定的になったのです。
その後1776年のアメリカ独立、18 世紀末から19 世紀初めのフランス・ナポレオン
の活躍などで一時苦境に陥ることはありましたが、イギリスの覇権は揺るぐことがあり
ませんでした。
イギリス対ドイツ
鉄血宰相ビスマルクが有名なプロシアは、1871年周辺諸国を統一し、ドイツ帝国
を成立させました。
ドイツはあれよあれよというまに成長を遂げ、欧州の強国になります。
1914年に起こった第一次世界大戦。主役はイギリスとドイツでした。
ドイツは敗退しましたが、ヒトラーの登場で復活。彼は世界恐慌を克服し、ドイツをあ
っという間に世界第二の経済大国にしてしまいました。
そして第二次世界大戦。
ヒトラーの計画は、第一にドイツで権力を取る、第二に中央ヨーロッパの最強国にな
る 第三にソ連を打倒し無尽蔵の資源を確保。次いでフランス・イタリアを衛星国にす
る 第四にアフリカに大植民地を獲得。ドイツはアメリカ・イギリス・日本と並ぶ世界の
四大強国になる 第五にアメリカとの覇権戦争に勝利し世界を統治する。
まあ、こういう誇大妄想な話は抜きにしてもドイツの主な敵はイギリスでした。次の
主役になるアメリカとソ連が参戦したのは、第二次大戦勃発から2 年後の1941年。
結果、イギリスは勝利しドイツは敗北。
しかし長期的に見ると、第二次大戦は欧州全体を没落させる結果になりました。
そして、時代は米ソ「冷戦時代」に移行していったのです。
このように、歴史は延々とつづく「覇権争い」であることがご理解いただけるでしょう。
そして、覇権国家と候補は常に戦争によってケリをつけています。
もちろん自ら自己の権力を否定し、支配権を手放すパターンもないわけではありま
せん。
例えば大政を奉還し、自ら幕府をぶっつぶした最後の将軍徳川慶喜。冷戦に自ら幕
をおろしたソ連のゴルバチョフ。(しかし、米ソの代理戦争は、世界中で行われていま
したが)。
一言でいうとこうなります。
覇権国家と候補は戦争によって決着をつける場合がほとんどだが、例外もある。
逆の言い方をすれば、
例外もあるが、覇権国家と候補は戦争により決着をつける場合がほとんど。
そういえば中国は1989年から現在にいたるまで、20 年間も軍事費を毎年二桁増
加させています。
一体なんのために?
そういえば、アメリカの年間軍事費は、約60 兆円。これは世界総軍事費の約半分。
一体なんのために?
まさか、爆弾テロと戦うためではないでしょう。アフガン・イラクのことを考慮してもあ
まりに多すぎませんか?
歴史を見ると、米中が戦う可能性はとても高い。そして、両国はその日に備えて軍
備を増強しているのです。
アメリカの戦略を考える
ここまで長々とアメリカが抱える問題についてお話してきました。覇権国家アメリカ
が現在直面している問題は三つ。
すなわち 1、双子の赤字 2、石油が枯渇すること 3、中国の台頭。
皆さんも会社などで、戦略を立てますね。
その第一歩はなんでしょうか?
そう目標を立てることです。
覇権国家アメリカの目標はなんでしょうか?
業界1位の会社が立てる目標はなんでしょうか?
そう、業界1位にいすわりつづけることです。その後、「いすわりつづけるためには
どうするか?」という話がでてきます。
同じように経済力・軍事力で世界一のアメリカの目標は、「覇権国家にいすわりつ
づけること」となります。
これはもう必然的な結論です。これ以外の目標があり得るでしょうか?
アメリカの目標は「覇権国家でいつづけること」である。
次のステップは現状を理解することです。
現状はすでに見てきました。
アメリカは三つの問題(双子の赤字、石油・ガス、中国)を抱えている。
双子の赤字はドルが基軸通貨であるかぎり大丈夫という話でした。ではアメリカは
どうするか?
そう、ドル基軸通貨体制を守る。
次。石油の65%は、中東に眠っているという話でした。ではどうするか?
そう、中東を支配する。
これは必ずしも武力を使って支配しなくてもいいのです。
例えば、アメリカはリビアのカダフィ大佐を脅迫し、服従させることに成功しています。
サウジアラビア・クウェート・アラブ首長国連邦などにも武力を使っていません。要は、
アメリカに石油をドルで売ってくれれば問題ない。
その他に、カスピ海(中央アジア・コーカサス)・ロシアにも膨大な量の石油・ガスが
眠っていますから、ここも支配したい。
最後に、中国がアメリカの覇権を脅かす存在になりつつある。ではどうするか?
中国を民主化し、傀儡政権を立て、ドル圏離脱を許さない。
以上三つは、アメリカが抱えている問題の解決策として必然的に出てくる解答です。
もちろん、中東・欧州(の反米勢力)・中国・ロシア等が反対してくるでしょうから、状況
に応じて計画が変更されることもあります。
しかし、理想的図はこうなる。
アメリカは、ドル体制に反抗してくる国々(例えばイラク)を「民主化」の名目でぶち
のめし、世界の石油・ガスを支配し、中国を民主化しドル圏にとどめる。
世界には独立国家が多々あるものの、どの国もドルを使っている。アメリカ政府は
世界通貨発行権と圧倒的軍事力を持ち世界を統治している。
イラク戦争再考
アメリカの内情が全部わかったところで、イラク戦争のことを振り返ってみましょう。
全く違った絵が見えてくるはずです。
皆さんもご存知のように、アメリカが挙げたイラク戦争の理由は、ことごとくインチキ
であることがわかっています。
ブッシュは当初「フセインはアルカイダを支持している」と主張していました。ところ
が、全世界の専門家や研究者は、「フセインはアルカイダが大嫌いですよ!」と知って
いる。
次にアメリカは、「イラクは大量破壊兵器を保有している」と主張。
フセインは、無実を証明するために国連の査察団を入れて調査させています。そし
て、結論は「イラクに大量破壊兵器は存在しない」でした。
しかし、ブッシュは、03 年3 月「48 時間以外に大量破壊兵器を出せ!出さないと攻
撃するぞ!」と脅迫しました。
フセインは困ってしまいます。ないものはどうやっても出せません。
アメリカは、ない大量破壊兵器をあると主張しながらイラク攻撃を開始しました。
アナン国連事務総長も「アメリカのイラク攻撃は国際法違反だ!」と断言しています。
(しかし、アメリカに対しては何もできないところに、国連の限界を感じます)
戦争がひと段落したあと、反省期に入ってアメリカが困るのは、「ところで、どうして
イラクを攻めたのですか?」と聞かれること。
アメリカ政府は現在、「独裁者を倒し中東を民主化するため」といっています。しかし、
初めに書いたように、少し賢い人なら、「サウジアラビアも独裁じゃないですか?」「核
兵器を保有しミサイルをぶっ放す独裁国家北朝鮮はどうなんですか?」と聞きかえす
でしょう。
イラク攻撃というのは、それほど普通の人にはわけのわからない矛盾に満ちた戦
争だったのです。
ところが。
皆さんがここまで得てきた知識をもって再考すれば、イラク攻撃はアメリカの国益に
何重にもかなっていることが理解できるでしょう。
イラク攻撃の理由。
1、 ドル体制の防衛
既述のように、フセインは2000年の9 月「石油の決済通貨をドルからユーロにかえ
る」と宣言しています。そして11 月、本当にかえてしまいました。
アメリカはイラク戦争後、決済通貨をユーロからドルに戻しています。
2、 石油利権の独占
石油枯渇が目前に迫っているアメリカ。原油埋蔵量世界2 位イラクの石油利権を独
占することは超重要課題です。
しかもフセインは当時、ロシアのルクオイル・中国CNPC・フランスTotal Fina Elf
などと契約を結んだり、覚書を交わしていた。
これらが国連常任理事国の企業であるのは偶然ではありません。フセインは、常任
理事国に利権を与えることで、アメリカの攻撃を止めてもらおうと思っていたのです。
アメリカがイラク攻撃後、三国を追い出し利権を独占したことは既に触れました。
3、中国封じ込め
中東を支配する理由は、覇権国家候補中国を封じ込める意図もあります。中国の
経済成長は石油なしには成り立たないのですから。
アメリカと中国は同様の理由で、中央アジア・ロシアで争いを繰り広げていますが、
それは後ほど。
このように、アメリカのイラク攻撃は、「アルカイダ」「大量破壊兵器」「民主化」といっ
たキレイゴトを忘れてみれば、とても理にかなった戦争でした。
今までは長期戦略の観点から話しましたが、まだ終わりではありません。
短期的理由もあるのです。
ITバブル崩壊後リセッションに陥っていた経済を活性化させること。
クリントン時代は、日本のバブル期以上の超好景気時代。ところが、ITバブルも20
00年には終わってしまいます。ブッシュは、非常に厳しいときに大統領になりました。
しかし、彼は見事にこのピンチを乗り切りました。
どうやったか?
01 年にはアフガンを、03 年にはイラクを攻撃した。
効果は、在庫を一掃し軍事産業を活性化させる、石油利権を独占する、復興利権を
独占する。
二つの戦争は公共事業として非常に有効で、アメリカの景気が持ち直したのは、皆
さんもご存知のとおり。
日本はバブル崩壊後10 年の暗黒時代に突入しましたが、賢いアメリカ政府は、戦
争により悲惨な状況を回避したのです。
ここまでイラク戦争の長期・短期の利益を見てきましたが、ブッシュ支持基盤の利
益もありました。
ブッシュの支持基盤といえば、石油業界・軍産複合体・キリスト教右派・イスラエル。
石油業界・軍産複合体は儲かるし、キリスト教右派は、異教徒イスラムがぶちのめ
されて満足。イスラエルは、宿敵フセインが倒されて満足。
このように、アメリカの真意を知って見れば、これはパーフェクトな戦争だったことが
わかるでしょう。
ここまで、アメリカの現状・問題・戦略を詳しく見てきました、
キーワードは「ドル基軸通貨体制の防衛」「石油・ガス」「中国」です。


第3 章
米ロ新冷戦
既述のように、「アメリカ倒幕」の狼煙をあげたのは、欧州でした。
ユーロをつくり、ドル体制に穴を開けた。
フセインは欧州に利用され、アメリカに殺されたのです。
しかし、フセインを殺しても、アメリカの勝利は確定しませんでした。
なんと、プーチンのロシアが欧州の側について参戦してきたのです。
この章では、「なぜロシアが倒幕戦に加わることになったのか?」を明らかにしてい
きます。
ロシアの実力と限界
没落した超大国ロシアの存在感が再び増しています。
この国の状況を簡単にいうと「エリツィン時代は超不況、プーチン時代は大好況」。
(メドベージェフの時代になり、世界的不況に突入)
ロシアはなぜ復活してきたのでしょうか?
もっとも重要なファクターだけあげれば、石油価格が高騰したこと。
エネルギー部門は、ロシアの鉱工業生産の約30%、連邦歳入の40%、輸出の
50%以上を占めている。
既述のように、原油価格は金融危機が起こった1998年、1 バレル10 ドル以下まで
下がりました。それが今では70〜80 ドル台で誰も驚きません。
簡単にいえば、ロシア経済は石油に依存しているのです。
では、ロシアはどこまで成長するのでしょうか? 超大国に返り咲くことはあるので
しょうか?
これは、いくつかの要因で「あり得ない」というのが私の結論です。その根拠を挙げ
ます。
1、 覇権国家は一度没落すると、返り咲かない
ライフサイクルを見ると面白いのですが、「一度覇権を取った国は、没落後その地
位に返り咲かない」という事実があります。
これは、ここ数百年の覇権国家とその対抗馬だった国、ポルトガル、スペイン、オラ
ンダ、イギリス、フランス、ドイツ等のその後を見れば明らかでしょう。
ロシアはソ連時代、14 共和国を直接統治し、東欧を間接支配。さらに、その影響圏
は、アジア(中国、北朝鮮、ベトナム、ラオス、カンボジア等)、中南米、アフリカまで、
実に世界の3 分の1 におよんでいました。
これは、ライフサイクルでいえば立派な真夏。共産陣営の覇権国家。ですから、歴
史的にロシアはピークを過ぎていると見るのです。
03 年10 月に米証券大手ゴールドマン・サックスが発表した「BRICSレポート」によ
ると、2050年の時点で世界のGDPは、1 位中国、2 位アメリカ、3 位インド、4 位日本、
5 位ブラジル。ロシアは6 位となっています。
私も、「ロシアはだいたいこんな感じだろう」と予想しています。
2、 人口問題
ロシアがピークを過ぎている証拠の一つに、人口が急速に減少しているという事実
があります。
人口は普通、医学が発展していないところでは、一定に保たれています。アマゾン
原住民の部族などでは、弱い子供がどんどん天国にいくので、何千年も人口爆発が
起こらない。
その後、医学の発達(あるいは他国から最新医学が導入される)により、高い出生
率のまま死亡率が下がり、人口が急増します。
やがて、経済成長と共に出生率は低下し、少子化が進んでいく。
成熟期・衰退期の国では、移民により人口が増加しているアメリカなど以外は、欧州
でも日本でも人口の伸びが止まっています。
ではロシアはどうなのでしょうか?
この国の人口は現在、「年間70 万人減少している」(!)のです。大都市が毎年一つ
消滅している計算ですね。
ロシアの人口は、経済が急成長をつづけ、アメリカの覇権を脅かしていた1950年
代から80 年代まで増加しつづけていました。
しかし、ソ連崩壊直後の1992年に1 億4870万人でピークに達し、05 年には1 億
4320万人まで減少しています。今後同国の人口減少のスピードはさらに加速し、20
50年には1 億1180万人になると予測されています。
人口が減少すれば、当然GDPの伸びは鈍化する。これは日本も同じ。
ですから、ロシアが今後、9 倍の人口を抱える中国や、7 倍のインドと覇権を争うとい
ったことはあり得ません。
3、 賃金上昇のスピード
人口が少ないということは、賃金上昇のスピードが速いことを意味します。
ロシアの賃金水準は既に中国・インド比で断然高く、外国企業にとって両国以上に
魅力的になることはない。また、賃金水準が高いので製造原価が高くなる。つまり割
高のロシア製品は中国製品に勝てない。ロシアの製造業が今後、中国のような発展
を見せることはないでしょう。
ロシアは、トヨタ・日産などが工場建設を決め注目されています。
これは、オイルマネーが回りまわって国民の懐を暖かくしていた。そして「イージーマ
ネー」は使うのも早い。ロシア人の消費意欲は、日本人から見るとクレイジー。
ロシアは、市場としての魅力は十分ありますが、世界の工場になるような可能性は
ないでしょう。
しかし、2050年にGDP世界6 位ということは、この国は今後も成長をつづけ、多極
世界の一極になる力は十分あるということを強調しておきます。
アメリカから見たロシア
アメリカにとってロシアは今どんな位置にいるのか、基本を抑えておきましょう。
アメリカ世界戦略のキーワードは、「ドル基軸通貨体制の防衛」「石油・ガス」「中国」
でした。
この全てのキーワードで、ロシアは非常に重要です。
ドル体制については、後ほどお話します。
第1 にロシアは世界有数の石油・ガス大国である。これをアメリカは抑えたい。
第2 に、ロシアの旧植民地、いわゆる旧ソ連諸国、具体的にはコーカサス地方と中
央アジアにも莫大な量の石油・ガスが眠っている。アメリカはここを抑えたい。
ロシアは、コーカサス、中央アジアの旧ソ連諸国を自国の影響圏と考えています
から、当然争いが起こります。
第3 に中国とのからみ。
アメリカが覇権を維持するために、中東を抑える。もし中国が逆らった場合は、中
東→中国の石油の流れをカットする。
しかし、中国にはロシアと中央アジアから石油を買うという方法が残されています。
アメリカは、ロシア→中国、中央アジア→中国の石油の流れをカットしたい。
ここまでが基本。
ロシアの石油・ガス
理解を深めるために、ロシアにはどれくらい資源があるのかというお話をします。
地下にある石油の埋蔵量は、正確な数字がよくわからず、機関によってデータもバ
ラバラ。英BPのデータでは、1〜5 位までを全て中東の国々が占めている。
しかし、問題はアメリカ政府がロシアの資源についてどのように考えているかという
ことですね。
アメリカ地質調査所(USGS)の2000年データによると、ロシアの石油埋蔵量は1
295億バレルで、サウジアラビアに次いで世界2 位。
日本の石油鉱業連盟の02 年データでも、1273億バレルで世界2 位。これは世界
埋蔵量の14%(!)。
数年後に石油が枯渇するアメリカとしては、なんとしても抑えたい国であることがお
わかりでしょう。
もっとすごいのが天然ガス。「石油に代わるのは、燃料電池ではなく天然ガス」とい
うお話しをすでにしました。
ロシアはどうなのでしょうか?
石油鉱業連盟の02 年データによると、ロシア一国の天然ガス埋蔵量は、全世界の
27%を占めダントツ世界一(!!!)。 ちなみに2 位はイランで約13%。ロシアは2
位を倍以上引き離している。
どうですか?
もし、皆さんがアメリカ合衆国の大統領だったとしたら。
原油埋蔵量世界2 位、天然ガス埋蔵量1 位のこの国を放っておけるでしょうか?
カスピ海諸国の石油・ガス
カスピ海諸国というと、イラン以外は全部旧ソ連。コーカサスと中央アジアを含みま
す。そして、この地域にも、石油・ガスが眠っている。
正確な量は、いつものようによくわかりません。
1997年4月、アメリカ国務省は、「カスピ海の石油埋蔵量は1780億バレルにおよ
ぶ可能性がある」と発表しました。
USGSは97 年11 月、1140億バレル、2000年には700億バレルと発表していま
す。
米エネルギー省は2000年6 月、この地域の埋蔵量は2350億バレルに達する可
能性があるとしています。予測が正しければ、この地域に世界の石油の20%が眠って
いることになる。
まあ、いずれにしてもいろいろな数字があって、はっきりわかりません。
しかし、大切なのは実際にどのくらい埋蔵量があるのかではなく、「アメリカ政府がこ
の地域をどのようにとらえているか」ということ。
量がたっぷりあることもそうですが、カスピ海地域の魅力は、まだ開発が進んでいな
いこと。
1997年の時点で、同地域の原油生産量は日量110万バレルでした。それが201
0年には400万バレル、20 年には600万バレルと増加していくと予想されています。
中東を除く地域では、今後生産量が減少していく見通しですから、カスピ海地域は
アメリカにとって非常に重要なのです。
この地域は、大きく中央アジアとコーカサスの二つにわけられます。
中央アジア最大の資源国はカザフスタン。
問題は、カザフスタンと中国が国境を接していて、簡単に石油を輸出できることで
す。これはアメリカの戦略の妨げになります。
そして、コーカサスの石油大国はアゼルバイジャン。
アゼルバイジャンの石油は、同国とロシアの黒海沿岸都市ノボロシースクを結ぶパ
イプラインを通して世界市場に供給されていました。しかし、アメリカの強い働きかけ
により、「ロシアはずし」が実現しています。
いずれにしても、アメリカにとってロシア・カスピ海地域は、世界戦略を進める上で非
常に重要。このことだけ、知っておいてください。
ロシアから見たアメリカ
私は、モスクワに20 年住んでいます。それで、ロシアの政治家・学者・ジャーナリス
トおよび一般人と接する機会が非常に多くあります。
この国のエリートから一般人まで、共通しているのは反米意識。
なぜか?
まず国民の大部分は、共産ソ連時代、徹底的に反米教育を受けている。ですから、
ソ連崩壊後に成人した若年層の反米意識はそれほど強くなく、年配になるほど強くな
る傾向があります。
もう一つは、ロシアが冷戦でアメリカに敗北したという事実。
ロシア人エリートは、よく日本人にいいます。
「我々が日本人の気持ちで、最もわからないのは何か知ってるかい?」
日本人「わかりません」
「アメリカは日本に原爆を落として、何十万人も虐殺しただろう? それなのに、日本
人の大部分はアメリカをうらんでいないどころか愛している。これが我々には絶対理
解できない」
これが、普通の国なのですね。
中国人や韓国人は、終戦後60 年すぎても、いまだに戦時中のことをネチネチいう
ので、うざったい。こんな風に感じている人もいるでしょう。
しかし、これは日本人の「水に流す」精神が特殊なのであって、恨みをもつほうが普
通でしょう。
というわけで、冷戦に敗北したロシアは。戦勝国アメリカに恨みを持っている。
それだけではありません。
これはエリート層に多いのですが、「アメリカが意図的にソ連崩壊後のロシア経
済を壊滅させた」と恨む人もいる。
どうしてかというと、1991年12 月にソ連が崩壊した。新生ロシア初代大統領エリ
ツィンは、経済音痴だった。共産主義国で育った人は。資本主義経済がわかりませ
ん。
そこで、アメリカ政府は、国際通貨基金(IMF)を通し、ロシアのガイダル首相代行
やチュバイス副首相といった改革派に、「改革方法」を伝授したのです。
その内容は、1、政府による経済管理の廃止 2、大規模な民営化 3、価格の全
面自由化。
ガイダル・チュバイスは、IMFの勧告どおり忠実に改革を実行しました。
で、どうなったか?
改革初年度(1992年)の国内総生産(GDP)成長率は、マイナス14.5%
(!!!)。インフレ率は、2610%(!!!)。
少し考えればどういう結果を生むかわかることです。
ロシアは物不足。ソ連時代末期、おじいちゃんおばあちゃんがお店で行列に並ん
でいる姿がテレビにも出ていました。
物が足りないのに、価格を自由化したら、ハイパーインフレになる。国家が崩壊し
てルーブルが大暴落しているのに貿易を自由化したら、これもハイパーインフレに
なる。
単純な理屈です。
ガイダル・チュバイスは無知だったのか、それともアメリカに買収されて、わざととん
でもない改革をしたのかはっきりはわかりません。何はともあれ、ロシア人の大部分
は彼らを憎悪しています。
それと同時に、特に高い地位にいた人たちは「バカなエリツィンが、ずる賢いアメリカ
政府にはめられた」と信じている。そして恨みを持っている。
さらに、最近の話になりますが、アメリカは旧ソ連諸国(ロシアの旧植民地)でカラー
革命を起こしている。詳しくは後ほど。
このように、ロシアはアメリカを相当恨んでいます。
ですから、プーチン大統領(当時)はことあるごとに、「ロシアが目指すのは多極世界
を作ることだ!」と語っていたのです。
「多極世界を作る」というと美しいですが、別の言葉にすれば、「アメリカの一極世界
をぶち壊す」となる。
ロシアから見た中国
ロシアの敵NO1はアメリカですが、この国にはもう一国仮想敵がいます。
それが中国。
ロシア人エリートのアメリカ観・中国観を一言でいうと、「アメリカを憎み、中国を恐れ
る」となります。
まず感情的な面をあげれば、中国の成功に対する嫉妬がある。
共産主義時代、ソ連は中国に対し、ずっと兄貴面をしていることができました。
世界中の人々が、「ソ連は経済的にも軍事的にもアメリカに次いで世界2 位だ」と思
っていた。しかもアメリカがボロボロだった70 年代は、「いや、軍事的にはひょっとして
ソ連が世界一なのでは?」などという声も聞こえてきた。
経済が既にボロボロになっていた1990年代初めですら、ロシアのGDPは中国の
4 倍。それが今では、ロシアのGDPは中国の4 分の1 程度になっている。
この事実が、誇り高いロシア人のプライドを傷つけているのです。
ロシアのエリートを恐れさせている、より実質的問題もあります。
それが、両国の人口差。
ロシアの人口は1 億4300万人で、中国の約9 分の1。しかし、東に行くと状況はもっ
と悲惨になります。
ロシア極東地域の人口は、わずか700万人。あの広大な土地に住む人は、東京
よりもはるかに少ない。
一方、ロシアと国境を接する中国東北三省(黒龍江省、吉林省、遼寧省)の人口は、
1 億2500万人(!!!)。日本全国に匹敵する人が、ここに住んでいる。
中ロの差は16 倍以上。そして、中国から続々とロシア極東に人が移住してきていま
す。
これはロシアにとって脅威でしょうか?
もちろん脅威です。
さらに、中国は1989年以降現在にいたるまで、軍事費を毎年二桁増加させている。
今はもちろん、アメリカに対抗するための軍拡でしょうが、将来中華思想を持つジャイ
アントパンダが西にむく可能性も否定できません。これは脅威ですね。
そんなわけで、ロシアには、アメリカと中国という仮想敵がいる。
そして、ロシアにとって理想的な状況は、アメリカと中国が戦って共に没落すること。
あたかもイギリスとドイツが戦って没落し、アメリカとソ連に覇権が移行したように。
そんな「漁夫の利構想」を持っているロシア。
しかし、情勢はロシアが中立を維持することを難しくしていったのです。
米ロ関係の流れ
冷戦終結後の米ロ関係の流れを追ってみましょう。
まず、ソ連崩壊と新生ロシアの経済改革大失敗で、ロシアは借金大国になってしま
いました。
普通借金をしている国は、金を貸している国のいうことを聞きます。
というわけで、エリツィンは概して親欧米外交でした。
後を継いだプーチンは、当初中国や「ならず者国家」との関係を重視していました。
しかし、2001年10 月にアメリカのアフガニスタン攻撃を圧倒的に支持し、米ロ関係を
好転させます。
しかし、02 年8 月ごろから両国は「イラク問題」で対立。
ロシアはフセイン政権に80 億ドルの債権がある。フセインが失脚すれば、お金は返
してもらえない。
さらにフセインは、アメリカからの攻撃を止めるために、国連安保理常任理事国フラ
ンス・中国そしてロシアに石油利権を与えていました。
ロシアについていえば、具体的に、ルクオイル、ストロイトランスガス、タトネフチ、ソ
ユーズネフテガス、ザルベジネフチが、イラクの石油利権に入りこんでいたのです。
フセイン政権が打倒されれば、アメリカは当然石油利権を独占する。
そんなわけで、ロシアはフランス、ドイツ、中国と共に、最後までアメリカのイラク攻
撃に反対します。
しかし、米ロ関係は、まだ決定的に悪くなっていませんでした。
ユコス問題
米ロ関係が決定的に悪化したのは、03 年10 月に、ロシア石油最大手ユコスのホ
ドロコフスキー社長が逮捕されたこと。
なんのことかわからないと思いますので、順番に話していきます。
ソ連時代には、当然民間石油会社はありませんでした。油田開発および生産は石
油工業省が、天然ガス開発はガス工業省が担当していた。
ソ連崩壊直前の1991年10 月、ロシア石油ガス公団(ロスネフチガス)が設立され
ます。その後、同公団を母体に93 年、ルクオイル、ユコス、スルグトネフチガスが作ら
れました。
メナテップ銀行を率いる天才ユダヤ人ビジネスマン・ホドロコフスキーは1995年、
ユコスを3 億ドル(約330億円)で政府から買取ります。
ホドロコフスキーはビジネスの天才。
2003年7 月までに、同社の時価総額は300億ドル(3 兆3000億円)まで増加。
わずか8 年で100倍化(!!!)させています。
彼の資産は03 年時点で80 億ドル(8800億円)。ユコスは、石油生産量でも時価
総額でもロシア一の企業。ホドロコフスキーは、ロシア一の大金持ち。
「ロシアの若き石油王」「ロシアのロックフェラー」と欧米から賞賛されて当然でした。
ところが、人間というのは、金ができると次は名誉が欲しくなるのですね。
ホドロコフスキーは、なんと「プーチンの後に大統領になろう!」と野望を持つように
なったのです。
戦いの舞台は03 年12 月の下院選挙と、04 年3 月の大統領選挙。
ホドロコフスキーは03 年4 月、反プーチンの野党「右派連合」「ヤブロコ」「共産党」
の選挙資金をサポートすると公言。
「右派連合」「ヤブロコ」は、市場経済・民主主義・人権といったいわゆる欧米の価値
観を重視している。一方、「共産党」は当時下院最大勢力で、反市場経済・反欧米。
この全く異なる政党を結びつけているのは、「反プーチン」というスローガンのみ。
要するにホドロコフスキーは、「反プーチンの勢力には、思想に関係なくどんどん金
をあげますよ」といっている。
プーチンはムカつきますね。
さらに同氏は、「2007年にはユコス社長を引退し、ロシア大統領を目指す!」と発
言。
増長した彼は、旧KGB(現FSB)軍団が動き出していることに気がつきません。
ビジネスの方も順風だったのです。
ホドロコフスキーと、石油大手シブネフチ筆頭株主アブラモービッチ(現在ロシア・イ
ギリス一の大富豪・英名門サッカーチーム・チェルシー買収で知られる)は03 年4 月
22 日、「ユコスとシブネフチを合併する」と発表。
当時、ユコスの時価総額は250億ドルで東欧最大の企業。シブネフチは115億ド
ルで東欧5 位。両社が合併すると、民間企業としては埋蔵量世界1 位、生産量世界4
位、時価総額9 位の新オイルメジャー誕生。
わかります。これで増長しない人間なんていないでしょう。
しかし、ホドロコフスキーはプーチンを甘く見すぎていました
KGB出身プーチンの基盤は、連邦保安局(FSB)、内務省、最高検察庁、軍。そし
て、クレムリンはこの時までに、3 大テレビ局(ORT、RTR、NTV)を支配していた。な
おかつ、ロシアの経済急成長は5 年目に入っていて、プーチンは国民から圧倒的支
持を得ている。
最高検察庁は03 年7 月3 日、ユコスの親会社メナテップ(ユコス株61%を保有)
会長レベデェフを、横領の容疑で逮捕しました。
さらに最高検は同年10 月25 日、ホドロコフスキー本人を、横領・脱税等七つの容疑
で逮捕。
10 月30 日には、同氏が保有するユコス株44%を差し押さえます。
11 月3 日、ホドロコフスキーは刑務所の中から、「ユコス社長を辞任する」と発表。
03 年12 月7 日、下院選挙。
プーチンに絶対服従の与党「統一ロシア」は、450議席中222議席を得て圧勝。そ
の他、親プーチンの「ロシア自民党」は38 議席、「祖国」37 議席、「人民党」19 議席。
450議席中約70%にあたる316議席がプーチン派。
ユコスからの資金が止まった、「右派連合」「ヤブロコ」は1 議席も取れず惨敗。反プ
ーチン政党で唯一議席を確保できたのは、「共産党」(53 議席)のみ。(残りは無所属)
明けて04 年3 月14 日。大統領選挙が実施され、プーチンは72%の得票率で再選
を果たします。2 位共産党ハリトノフ(13.7%)に5 倍以上の差をつけ、圧倒的勝利で
した。
アメリカ、対ロ政策の転換点
長々と、ロシアの国内問題を書いてきましたが、ユコスの行方をじっくり見守ってい
たのがアメリカ。
実をいうと、アメリカ、具体的には当時世界最大の企業だったエクソン・モービルと
シェブロン・テキサコは当時、ユコスの買収交渉を進めていたのです。
アメリカの戦略を既に理解しておられる皆さんは、理由がわかるでしょう。
ロシアは、世界2 位の石油大国である。そしてユコスは、生産量でも時価総額でも
ロシアの石油最大手である。これをアメリカは抑えたい。
ユコスとシブネフチの合併が実現し、超巨大企業が出現する。これを買収できれば、
なおすばらしい。
もう一つ。アメリカは、ロシア→中国の石油の流れをカットしたいというお話をしまし
た。
ユコスはロシアの石油業界で、中国との関係がもっとも深い企業だったのです。
皆さんも聞いたことがあると思いますが、東シベリアからパイプラインを極東までひく
のか、中国までひくのかという話。
元々、シベリア〜中国大慶パイプライン構想は、1997年にユコスが提唱したもの。
さらに、ユコスは鉄道で中国への石油輸出を開始していました。同社は03 年、600万
トンの原油を中国に鉄道で輸出しています。
アメリカとしては、今はチョロチョロのロシア→中国の石油の流れをカットしなければ
ならない。あるいは、ユコスを買収して大儲けし、いざとなったら、栓をしめれる状態を
作りたい。
「石油は戦略物資で、ロシア経済の大黒柱。政府が売却を許さないのではないで
すか?」
そのとおりです。ところが、アメリカを楽観視させるできごとが、同時期に進行してい
たいのです。
ロシアの石油大手チュメニ石油(TNK)と英BPは03 年2 月、「合弁会社TNK‐BPを
設立する」と発表します。そして、プーチンも特に反対している様子はない。実際、TN
K‐BPは03 年の9 月に設立されています
アメリカもこういう流れを見ていますから、「ユコス買収もいけるのでは?」と思ってい
た。
ところが、最高検はレベデェフとホドロコフスキーを逮捕し、保有株を差し押さえてし
まった。
アメリカ政府はこれで、「プーチンはユコスを支配するつもりだ。アメリカはユコスを
買収できないし、石油業界に入り込めない」ということがわかった。
その後の動きを見ると、03 年12 月、ユコスとシブネフチの合併話が流れました。
そして、国営石油会社ロスネフチは04 年12 月、ユコス傘下で最大の企業ユガンスク
ネフチガスを買収。
また、天然ガス世界最大手ガスプロム(国営)は05 年9 月、シブネフチを買収。ガス
プロムはこれで資産を増やし、06 年5 月にはエクソンモービル・ジェネラルエレクトリッ
クにつぐ、世界3 位の企業になりました。
このように、プーチンは、エリツィン時代に失われた石油ガス業界を、国家の支配に
戻すことに成功したのです。
アメリカは「ロシアを封じ込めて叩きつぶす」ことを決意。
米ロ冷戦が再開されました。
アゼルバイジャンとBTC
どんどん話がローカルになっていきます。
カスピ海沿岸にアゼルバイジャンという国があります。19 世紀初めからソ連崩壊ま
で、約190年ロシアの支配下にあった。
この地域が注目されるようになったのは、ソ連崩壊後。1991年8 月にアゼルバイ
ジャンは、独立を宣言しています。
世界の石油支配が国策であるアメリカは、この国を放っておけません。しかし簡単で
はない。
アゼルバイジャンを地図で見ると、世界市場にはアクセスできない位置にある。唯
一の方法は、ロシアの黒海沿岸都市ノボロシースクまでパイプラインで運ぶこと。
アメリカは考えます。
「なんとかアゼルバイジャンの石油を、ロシアを経由しないルートで出せないか?」
クリントン大統領(当時)は1996年、アゼルバイジャンのゲイダル・アリエフ大統領
(当時)に電話して提案しました。
「ロシアを経由しないで、アゼルバイジャンの石油を世界市場に出せるパイプラインを
作らないか?」
ルートは、同国の首都バクーから、西の隣国グルジアの首都トビリシを経由し、トル
コのジェイハンに抜ける。
アリエフは即座に同意しましました。
ところが提案したほうのクリントン。彼のバックは石油業界ではなく金融界。アメリカ
はITバブルで空前の好況を謳歌している。
「金融で儲けられる。石油なんて泥(油)臭いし古臭い」
話はなかなか進展しませんでした。
しかし、石油業界がバックのブッシュが大統領になって、プロジェクトはよみがえり
ます。
カスピには、石油もガスもたっぷりある。ところが、今はロシアを経由しなければ出
せない。これを確保することはブッシュの世界戦略と一致しています。
2002年、パイプライン建設のための合弁会社BTCが設立されました。
出資比率をみると、英BP(30.1%)、アゼルバイジャン国営石油会社(GNKAR)
25%、Unocal(8.9%)、Statoil(8.71%)TPAO(6.53%)、 ENI(5%)、TotalF
inaElf(5%)、伊藤忠(3.4%)、Inpex(2.5%)、ConocoPhilips(2.5%)Amera
daHess(2.36%)。
パイプラインの全長は1767km、輸送能力は年間5000万トン。プロジェクトは総
額36 億ドル。
03 年4 月から建設が始まりました。
グルジア・バラ革命
長々とアゼルバイジャンの話をしてきましたが、ここでのメインテーマは、この国で
はなく、お隣の国。
BTCは、アメリカの世界戦略と合致している。つまり、「ロシアの国益に反する」とい
うこと。
しかし、ロシアはアゼルバイジャンをいじめることができません。いじめれば、さらに
アメリカに接近してしまうからです。
そこでロシアは、パイプラインが通過するグルジアに圧力をかけます。
グルジアも、アゼルバイジャンと同じく、91 年にソ連から独立しています。
大統領(当時)は、ゴルバチョフ時代ソ連外相だったシュワルナゼ。グルジアの大統
領になっても、ずっと親米路線をつづけていました。
ロシアはどうやってグルジアをいじめたか?
グルジアには、アプハジア・南オセチアといった独立を目指す共和国があり、中央政
府と対立している。
ロシアは、これらの共和国を支援することで、グルジアの政情を悪化させます。グル
ジアが不安定になれば、パイプライン建設もできないだろうと。
BTCには世界の一流企業が出資していますから、紛争地域にパイプラインなんか
建設したくない。
ロシアのグルジアいじめは、BTCパイプライン構想が実現に近づけば近づくほど、
厳しくなっていきました。
グルジアは、ロシアにガスや電力を依存している。ロシアは同国への供給を制限し、
経済に大打撃を与えます。
シュワルナゼにとっては大変なストレスで、彼は米ロの間をウロウロしはじめました。
アメリカ政府は、「このじいさんではダメだ。もっと若くてイキがよくて反ロで俺らのい
うことを聞く男を大統領にしよう」と決意します。
03 年11 月2 日、グルジアで議会選挙が実施されました。
結果は、親シュワルナゼの与党「新しいグルジア」が21%で1 位。2 位はサアカシビ
リ率いる「国民運動」で18%。
野党は、この選挙結果は「不正だ!」とし、「選挙やり直し」と「大統領辞任」を求める
大々的なデモを行います。11 月22 日には、野党勢力が国会議事堂を占拠。23 日に
大統領は辞任しました。
これを一般的にバラ革命といいます。
バラ革命はアメリカの革命
皆さん、「グルジアのバラ革命はアメリカがやったのですよ」といったらどうですか?
「トンデモ系ですか? もうここで読むのは終わりにします!」と腹を立てる人もいるで
しょう。
しかし、これは日本の新聞にもバッチリ載っている事実なのです。
役者の一人は国際投機家ジョージ・ソロス。
ソロスは2000年に初めてグルジアを訪問。シュワルナゼに話をつけ、「オープ
ン・ソサエティ財団」の支部を開設します。
この財団は後に、反政府系NGOを支援。シュワルナゼは、ソロスと同財団の動き
を非難します。一方、ソロスは「シュワルナゼは非民主的だ。03 年秋の議会選挙は
公正に実施されないだろう」と反論。
03 年12 月1 日の時事通信に、面白い記事があります。
〈グルジア政変の陰にソロス氏?=シェワルナゼ前大統領が主張
【モスクワ1日時事】グルジアのシェワルナゼ前大統領は、11月30日放映のロシア
公共テレビの討論番組に参加し、グルジアの政変が米国の著名な投資家、ジョー
ジ・ソロス氏によって仕組まれたと名指しで非難した。
ソロス氏は、旧ソ連諸国各地に民主化支援の財団を設置、シェワルナゼ前政権
に対しても批判を繰り返していた。(時事通信−03 年12 月1 日)〉
革命の主役サアカシビリ。(現グルジア大統領)
コロンビア大学とジョージワシントン大学を卒業したバリバリの親米派。
2000年9 月から、シュワルナゼ政権の法相を務めていましたが、「政権の腐敗ぶ
りに失望した!」と1 年後に辞任。アメリカから革命の手ほどきを受けるようになりまし
た。
その後の動きを追っていきましょう。
ソロスは、財団を通し反シュワルナゼ系のNGO・NPOを支援。着実に基盤を築い
ていきます。
03 年7 月、ベーカー元国務長官がグルジアにやってきました。(ロシアでレベデェフ
が逮捕された直後。)ベーカーとシュワルナゼは、共に米ソ冷戦を終わらせた歴史的
人物で親友。
ベーカーはいいます。
「11 月の議会選挙は公正にやったほうがいいよ。不正があるとアメリカはあなたを
支援しなくなるから。野党と話し合って選挙管理委員会を作りなさい」
この訪問について、新聞にはなんと出ているか?
03 年11 月23 日の読売。
〈【モスクワ=五十嵐弘一】グルジアでの政府と野党の対立は、野党が実力行使で
議会を占拠するという最悪の事態に発展した。(中略)
本来、シェワルナゼ政権は、北大西洋条約機構(NATO)入りの意向を鮮明にする
など、親米欧の路線を取る一方、チェチェン問題などをめぐってはロシアと対立を繰り
返してきた。ゴルバチョフ旧ソ連政権時代に、「新思考外交」を推進したシェワルナゼ
氏の胸中には、いまだに米欧には「冷戦終結の立役者」の自分に対する感謝の念と、
支援の感情があるとの確信があったからだと言われる。
だが今年夏、米特使としてトビリシを訪問したジェームズ・ベーカー元国務長官は、
シェワルナゼ氏のおひざ元で、今回の反政府行動を主導したサアカシュビリ元法相ら
野党指導者と会談し、既に「ポスト・シェワルナゼ」に視線を移していることを露骨に示
した。ともに冷戦終結を主導した旧友としてベーカー氏を信頼していたシェワルナゼ大
統領は、内心強い衝撃を受けたと言われる。
政変の帰結を予測するのは困難だが、決定的な要因の1つが米国にあることは衆
目の一致するところだ。〉
で、結局どういう話になったか。
野党側は、「アメリカに選挙の監視をしてもらおう」と主張します。それで、アメリカも
「OK!」ということになった。
そして、アメリカの民間調査会社が出口調査を行うことになったのです。
11 月2 日、選挙管理委員会の発表は、アメリカ側の出口調査と違っていました。そし
て、その結果が報道されると、野党側は大々的なデモを展開し、シュワルナゼを辞任
に追い込んだのです。
これを「出来レース」と思えない人がいれば、その人は相当な聖人か平和ボケ症状
最末期といえるでしょう。
このデモに関しても、シュワルナゼはコメントしています。
03 年11 月29 日付朝日新聞。
〈「混乱の背景に外国情報機関 シェワルナゼ前大統領と会見
野党勢力の大規模デモで辞任に追い込まれたグルジアのシェワルナゼ前大統領
は28日、首都トビリシ市内の私邸で朝日新聞記者らと会見した。大統領は混乱の背
景に外国の情報機関がからんでいたとの見方を示し、グルジア情勢が不安定化を増
すことに懸念を表明した。
前大統領は、議会選挙で政府側による不正があったとする野党の抗議行動や混乱
がここまで拡大するとは「全く予測しなかった」と語った。
抗議行動が3週間で全国規模に広がった理由として、「外国の情報機関が私の退
陣を周到に画策し、野党勢力を支援したからだ」と述べたが、「外国」がどこかは明確
にしなかった。」
まあ、明確にしなくてもわかるでしょう。
さらに、政変が石油がらみであることについて、03 年11 月27 日付産経。
〈「親米」確保へ巧妙 石油戦略要衝…ブッシュ大統領「最大限の支援」
【ワシントン=近藤豊和】米国は、グルジアの暫定新政権に対し、医療物資を緊
急支援することなどの協力方針を早くも打ち出した。シェワルナゼ前大統領の腐敗
ぶりに見切りをつけ退陣を後押しした米国は、エネルギー戦略上の必要性などから、
引き続きグルジアの「親米外交」姿勢を確保する構えで、ブッシュ大統領は二十六
日、ブルジャナゼ暫定大統領と電話で協議し、グルジアの安定へ「最大限の支援」
を約束した。
国務省のバウチャー報道官は二十五日の会見で、グルジアへ三百万ドル相当の
医療物資を支援し、公正な選挙実施などについて暫定政権と協議するため、代表
団を来週にも派遣すると表明。「グルジアの石油パイプラインをめぐっては、暫定政
権も方針を変えないとみている」と強調した。
報道官が言及したパイプラインとは、カスピ海の石油をトルコ経由で欧州方面に
輸出する「BTCライン」と呼ばれるもので、グルジアを通過する。米国が一九九九年
にグルジア、トルコ、アゼルバイジャンとの間で建設に合意し、来年の完成を目指し
ている。
カスピ海の石油は、中東の石油に対する依存率を下げたい米国にとってエネル
ギー戦略上極めて重要だ。
このため米国は、グルジアには九一年の旧ソ連からの独立時から積極的な支援
を展開。歴代米政権の援助総額は十億ドル以上にのぼる。〉
アメリカは、成功パターンを確立しました。
1、現地のNGOやNPOを支援し、反政府勢力を育てる
2、選挙が実施される。
3、アメリカの意に沿わない政党や候補が勝った場合、選挙監視団が「選挙には
不正があった!」と発表する。
4、 野党はこの発表に乗じて「選挙のやり直し」や「大統領の辞任」を求め大々的
デモを行う。
5、 大統領が辞任するか、再選挙が実施され親米候補が勝利し、革命成就。
このパターンは、その後他の旧ソ連諸国で繰り返されることになります。
グルジアはどうなったか?
04 年1 月の大統領選挙で、サアカシビリが勝利。ロシアの旧植民地グルジアに、ア
メリカの傀儡政権が誕生しました。
ちなみに、アゼルバイジャンではゲイダル・アリエフが死亡。03年10月から息子のイ
リハム・アリエフが大統領を務めています。
なおBTCは、06 年6 月から稼動しはじめ、ロシアに大打撃を与えつづけています。
アメリカはその後、04 年12 月にウクライナで「オレンジ革命」を、05 年3 月、中央ア
ジア・キルギスで「チューリップ革命」を起こし、傀儡政権樹立に成功しています。
長くなりますので、経緯や証拠の提示はひかえておきます。興味がある方は、拙著
う「中国・ロシア同盟がアメリカを滅ぼす日〜一極主義対多極主義」(草思社)をご一
読ください。
ウズベキスタンの革命未遂
03〜05 年まで、アメリカは絶好調でした。
イラクではフセインを打倒し、旧ソ連諸国では三つの革命を成功させた。
「このまま旧ソ連諸国を、全部アメリカの支配下においてしまえ!」
くらい勢いがあったのです。
しかし、事態は思わぬ方向に転がっていきます。
(アメリカが革命を起こした)中央アジア・キルギスの西隣にウズベキスタンという国
があります。91 年8 月にソ連から独立しました。
大統領は、当時から今にいたるまでず〜とカリモフさん。欧米の規準でいえば、独
裁国家といえるでしょう。
チューリップ革命から2 ヶ月後の05 年5 月、この国で革命未遂が起こりました。
ウズベキスタン東部のアンディジャン市で05 年5 月13 日、武装集団が刑務所を襲
撃し、政治犯の多くを解放。警官を人質に取り、政府施設を占拠します。
これが、大規模なデモに発展。要求は、「カリモフ大統領の退陣」。
武装集団は、反政府イスラム組織「アクラミヤ」を名乗り、この行動は、「カリモフ体
制への反乱」と宣言。デモは市民の参加でみるみる数千人規模に膨れ上がります。
大統領は、即座に現地に飛び、鎮圧部隊を出動させました。
部隊は、反政府暴動を武力により鎮圧します。ロイターによると、約500人の犠牲
者が出た(政府発表では169人)。
カリモフ大統領は5 月14 日、「大勢の群集が無秩序をもたらす危険があった」と述
べ、武装集団および民衆への発砲を正当化しました。
キルギスの革命からわずか2 ヵ月後に、お隣の国で起こったこの事件。果たしてア
メリカが背後にいたのでしょうか?
これは、はっきりとわかりません。そうかもしれませんし、そうでないかもしれません。
しかし、事実としてこの事件が、アメリカの後退とロシア逆襲のきっかけになりまし
た。
まずアメリカの反応はどうだったのか?
米国務省は5 月19 日、「何百人ものデモ参加者が軍の暴力で殺害され、厳しい態
度を取らざるを得ない」と発表。
さらに、「ウズベキスタン支援の一時停止を米国務省内で検討中」とし、同国の民
主化を進めるために制裁を含む措置を取ること、外交政策を根本的に見直す方針を
明らかにします。
さらにライス米国務長官(当時)は5 月20 日、国務省で「カリモフ政権に真相究明の
ための調査を受け入れるよう求めている」と述べ、ウズベキスタンが国際調査団を受
け入れるよう要求しました。
しかし、カリモフもこれまでのカラー革命の経緯を知っています。国際選挙監視団は、
欧米に都合の悪い大統領を常に非難し、反政府勢力を後押ししてきた。
もし欧米の息がかかった国際調査団が来て、「カリモフ大統領の行動はあまりにも
非人道的だった!」などと発表されたら……反政府勢力が勢いづいて革命行動が再
燃する可能性が出てきます。
ライスはさらにいいます。「そのうえで、人権問題で改善が見られない場合は支援
を見送る」。
この時ロシアや中国は、たくさんの民衆を殺したカリモフを一言も非難しませんでし
た。
旧ソ連諸国の独裁者たちは、はっきりと理解したのです。次のように――
1、 アメリカとつきあっていると、いつ革命を起こされるかわかったもんじゃない!
(だからできるだけつきあわないほうがいい)
2、 ロシアと中国は、俺らと同じ独裁国家。両国は「民主化」も要求しないし、独
裁者同士話しもしやすい。これからはロシア・中国とつきあおう!
3、 革命は、大統領が決心して武力鎮圧すれば、防ぐことができる。
カリモフは、さっそく行動にでました。金をくれない、革命を組織するアメリカとつ
きあっても「百害あって一利なし」です。
ウズベキスタン政府は05 年7 月30 日、アメリカに対し、01 年のアフガン攻撃時
から駐留していた米軍の180日以内の撤退を、正式に要求しました。
アメリカ激怒
03 年末から05 年3 月まで、アメリカはイケイケでした。グルジア、ウクライナ、キル
ギスで革命戦3 連勝。
ところが、ウズベキスタンの革命未遂事件から流れが一転。
中央アジアは中・ロよりにシフト。東欧でも、ウクライナで親ロ派が実権を奪取。ベラ
ルーシでも親ロの大統領が勝利。
アメリカは激怒し、対ロ・バッシングはドンドンエスカレートしていきました。
例えば、ミュンヘン安全保障会議(06 年2 月3 日〜5 日)。アメリカのマケイン上院
議員(後の共和党大統領候補)は、G8の首脳達に、「サンクト・ペテルブルグサミット
への不参加」を呼びかけます。
その理由について同議員は、プーチンのロシアは「民主主義国家でもなく」「世界経
済のリーダーでもない」から。
もっとすごいことも言っています。
同氏によると、世界の3 大問題は「不安定なイラク」「核兵器を保有するイラン」そし
て、「プーチンのロシア」。
ブッシュはベラルーシ大統領選とウクライナ議会選後の06 年3 月29 日、ワシント
ンで演説。
「私はロシアを見放していない!」と語ります。
アメリカでは当時、「ペテルブルグサミットをボイコットすべき」という意見が多かった。
これについてブッシュ。
「私のプーチン大統領に対する戦略は率直に話せる関係にあることだ。私は彼と多
くの時間を過ごし、(ウクライナなど)近隣の民主国家、国内の民主主義を恐れるべき
でないと明確に伝えてきた。ロシアは西側諸国と協調することが自らの利益だと理解
するだろう」
ここでブッシュは二つのことをいっています。
1、旧ソ連諸国での民主国家・国内の民主主義を恐れるな(建前)。
→旧ソ連の国々でアメリカが民主革命を起こすことを邪魔するな。 ロシアでアメリカ
が革命を起こすのを邪魔するな(本音)。
2、西側諸国と協調することがロシアの利益だ(建前)。
→中国やインドと結託して、アメリカの一極支配に対抗するとひどい目にあわせる
ぞ!(本音)。
今度は、ネオコンの首領チェイニーさんが登場します。
「民主的選択共同体」という集まりがあります(05 年創設)。提唱したのはウクライナ
のユシチェンコ大統領(当時)と、グルジアのサアカシビリ大統領。
目的は「旧ソ連諸国の民主化を推進する」こと。要は、カラー革命をどんどん起こす
ための集まり。性格的には完全反ロ。そして、もちろんアメリカが後ろにいます。
この共同体の首脳会談が06 年5 月4 日、リトアニアの首都ビリニュスで開かれまし
た。参加したのはウクライナ、グルジア、モルドバ、ラトビア、エストニア、ブルガリア、
ポーランド、ルーマニア、リトアニアの首脳。
そして、アメリカ合衆国副大統領(当時)チェイニー。
演説で何をいったか。
チェイニー「ロシアでは今日、反改革派が、10 年間の成果をぶち壊そうとしている」。
反改革派というのは、プーチンと旧KGB軍団のこと。
チェイニーは、ロシアが「石油とガスを恫喝と脅迫の道具として使っている」と非難。
さらに、「隣国の領土保全を傷つけたり、民主化運動に介入することは正当化されな
い」。
領土保全を傷つけているというのは、ロシアがグルジアからの独立をめざす南オセ
チアなどを支援していることを指しています。
民主化運動に介入するというのは、ベラルーシのルカシェンコを支持したり、ウクラ
イナむけのガス料金を値上げしたこと等々。
ビリニュスでは共同声明が出されています。
内容は
1、東欧民主化プロセスへの直接的・間接的支援を欧州諸国に要請する。
つまり、欧州も反ロカラー革命を支援してください。
2、東欧の新しい民主国家は、EU加盟をすすめるべく、法改正を行う。
つまり、「皆さんロシアの影響圏を離れEUに入りましょう」。
3、ロシアに対して共通の一体化したアプローチをとることを欧州に提案す
る。
つまり、「(親ロの)フランスやドイツもアメリカと一体化して、反ロになっ
てください」。
4、EUに加盟していない欧州諸国は、自由貿易圏を作る
プーチンの歴史的決断
狂ったようにロシアバッシングをつづけるアメリカ政府。これに対し、プーチンは歴
史的な決断を下します。
プーチンは06 年5 月10 日、年次教書演説を行いました。ロシア政府の本音がよく
表れています。
「私たちは世界で何が起こっているか見ている。私たちは見ている。いわゆる『オオ
カミさんは誰を食うか知ってる』。食って誰のいうことも聞かない。そして、聞く気はな
いようだ」
これは、オオカミのアメリカが、アフガニスタンとイラクを攻撃し、イラン攻撃を計画
していることを指摘したのです。
「自分の利益を実現する必要があるとき、人権と民主主義のための戦いへの熱意
はどこにいってしまうのか? ここではなんでもありだ、なんの制限もない」
アメリカは「人権を守れ!」「独裁反対」ですね。
しかし、石油がたっぷりある国の親米独裁者(例、サウジ・カザフスタン・アゼルバイ
ジャン等々)を保護している。要は反米の独裁者=悪、親米の独裁者=善。
プーチンは、オオカミ対策として、「軍拡の必要性」を強調しました。しかし、アメリカ
の軍事費はロシアの25 倍(!)、他の対策が必要です。
演説中もっとも重要な発言は、「ルーブルをドル・ユーロなどの主要通貨と完全交
換可能にする準備を06 年7 月1 日までに完了する」と宣言したこと。
ロシアは、ルーブルと外国為替との交換を制限していましたが、これを撤廃します。
さらに「石油など我々の輸出品は、世界市場で取引されており、ルーブルで決済さ
れるべきだ」
「ロシア国内に石油、ガス、その他商品の取引所を組織する必要がある」。
取引通貨はもちろんルーブル。
皆さんはもうおわかりでしょう。
世界最大の財政赤字・貿易赤字・対外債務国家アメリカが生き延びているのは、ド
ルが基軸通貨だからでした。
ドルが基軸通貨でなくなれば、ドルは暴落しアメリカは没落する。
フセインは2000年11 月に、石油の決済通貨をドルからユーロにし、アメリカから
攻撃されました。
プーチンは、フセインと同じ決断をしたのです。
しかも、イラクとロシアでは世界に与えるインパクトが全然違います。
そもそも、プーチンはアメリカのアキレス腱を知っていて、「ドルの使用量を徐々に
減らす」方針を取ってきました。
ロシア中央銀行は06 年6 月、「外貨準備に占めるドルの割合をこれまでの70%か
ら50%に下げる」と発表しています。そして、ユーロを40%まで引き上げる。
ロシア中銀のイグナチエフ総裁は、外貨準備の中に円やポンドを加え、ドル離れを
さらに加速させる意向を示しています。
またメドベージェフ第1 副首相(当時 現大統領)は06 年6 月、アメリカの双子の赤
字から生じるリスクを低減するため、各国は準備通貨としてのドルへの依存を減らす
べきだと提言している。
プーチンは、言葉で脅すだけでなくすぐ行動に移しました。
ロシア取引システム(RTS)で06 年6 月8日、初のルーブル建てロシア原油の先物
取引が開始されました。
アメリカの超エリートは、プーチンの決断に、卒倒したに違いありません。
06 年6 月6 日、キッシンジャーがモスクワに来てプーチンと会談。同氏は「米ロ関
係は年々改善している」とお世辞(大ウソ)をいい、プーチンをなだめようとしました。
また、日米欧3 極委員会は6 月30 日、ロシアに関する提言書を発表。
「西側の視点から見るのではなく、ロシアの現状を理解すべき」とし、「ロシアがより協
力的な路線に復帰するようサミットを活用すべき」と提案します。
06 年7 月15 日?17 日に行われたサンクトペテルブルグ・サミットでも、ブッシュはロ
シア批判をしませんでした。
ロシアはアメリカを短期間で没落させることのできるカードを手にしたのです。


第4 章
「悪の薩長(中国・ロシア)同
盟」とアメリカの没落
欧州からはじまったアメリカ倒幕運動。
ところが、旧ソ連でのアメリカの革命に激怒したロシアが参戦した。
そして、プーチンは、禁じ手(ルーブルで石油を売る)を使うことを決意しました。
プーチンは、もう一つ歴史的な決断をしています。
それが仮想敵NO2中国との同盟。
幕末、薩摩藩と長州藩は犬猿の仲でした。
しかし、徳川幕府打倒で一体化した。
これを「薩長同盟」とよぶのは、皆さんもご存じのとおり。
現代は、犬猿の仲だった中国とロシアが、「アメリカ打倒」で一体化した。
そして、ついにその日がやってきたのです。
中国の戦略
中国の戦略を考えてみましょう。
GDPで世界2 位、軍事費でも世界2 位の中国。
勝てる見込みのない仮想敵は世界でただ一国、アメリカ合衆国。
中国の目標は「アメリカに勝って、覇権国家になること」。別に戦争をして勝たなくて
もいいのです。孫子がいうように、「戦わずして勝つ」のが一番いい。
ではどうすれば、勝てるのか?
中国の敵アメリカの動きを見ればわかります。
第1 に、潜在破産国家アメリカが覇権国家でいる理由は、「ドル基軸通貨体制」の
おかげ。
つまり、中国は「ドル基軸通貨体制を崩壊」させればいい。
第2 に、アメリカは世界一の石油消費国。しかも石油が枯渇しはじめる。だから、中
東、ロシア、カスピの石油・ガスを支配する。
中国が世界一の経済・軍事大国になるためにも、石油・ガスは不可欠。
当然中国も、中東、ロシア、カスピ(特に隣接する中央アジア)の石油・ガスを押さ
えなければならない。
第3 に、アメリカは中東・ロシア・カスピ支配に成功した後、中国民主化を画策するで
しょう。
中国は、覇権国家の条件である、金力(経済力)と腕力(軍事力)を強化していく。
もう一度簡単に中国の戦略を書くと、1、ドル基軸通貨体制を崩壊させる 2、
中東、ロシア、カスピの石油・ガスを確保する 3、経済力軍事力を強化し続ける。
3 については、詳しくお話する必要もないでしょう。
2 についても、長くなるため詳述するのはひかえます。
最強の同盟国ロシア
ロシアにとって、中国は「仮想敵NO2 だ!」という話はもうしました。
しかし、中国にとってのロシアは、最重要国なのです。
第1 に、中国の武器輸入の90%はロシアからだった。
(ここ数年、ロシアは中国への最新兵器輸出を制限するようになっています。)
第2 に、アメリカが中東支配に成功した場合、中国は陸続きのロシアから石油を輸
入するしかなくなる。
ロシアは、アメリカを憎みつつも、中国を恐れているという話でした。
ロシア政府のお偉いさんは皆、「アメリカと中国は、戦って共に滅んでしまえ!」と思
っていた。
しかし、事態は中国有利に展開していきます。
アメリカの自業自得。
今まで書いてきたように、アメリカは03〜05 年、ロシアの旧植民地である旧ソ連諸
国グルジア、ウクライナ、キルギスで革命を起こしました。
プーチン大統領(当時)は激怒し、「アメリカは目前の問題。中国は長期的問題。ま
ずは中国と組んでアメリカ問題を克服しよう!」と決意してしまった。
ここでは中ロがどこまで親密になっているのかという話をしましょう。
日ロ関係の障害といえば、北方領土問題。
中ロにも41 年にわたる領土問題がありました。これを両国は05 年6 月に解決して
います。
ロシアと中国は05 年6 月2 日、東部国境画定に関する批准文書を交換。これによ
り国境問題は最終的に決着しました。
双方が譲歩して領土問題を解決する。かなり良好な関係にあるということです。
胡錦濤は05 年7 月、モスクワを訪問し、プーチンと会談しました。両首脳は7 月1
日、クレムリンで、国連中心主義を柱とした「21 世紀の国際秩序に関する共同宣言」
に調印します。
なぜ「国連中心主義」なのか?
中国とロシアは共に国連安保理の常任理事国で拒否権があります。ですから、アメ
リカがどこかの国(例えばイラン・北朝鮮)と戦争するのを違法と非難する権利がある。
アメリカは国連安保理を無視してイラクを攻めたため、アナン国連事務総長は、「イ
ラク攻撃は国際法違反だ!」と断言しています。
中ロが国連中心主義を掲げるのは、常にアメリカの戦争に反対するため。そして、
両国は「平和を愛する国」としての名声を確立し、アメリカの評判は失墜していく。
05 年8 月18 日、中国とロシアは初の合同軍事演習を実施しました。
これは明らかに、台湾とその後ろにいるアメリカを想定したものなのです。
「トンデモ系・陰謀系には興味ありません。これ以上読まないことにします」
まあ、もう少し待ってください。これは、日本の新聞にもバッチリ出ている事実なの
ですから。
産経新聞05 年8 月19 日付には以下のようにあります。
「両国は今回の演習について「両国の相互理解と友好協力を促進するためで、第
三国に向けたものではない」と表明しているが、米国の一極支配に対抗する戦略的
な提携強化の一環にほかならない。」
また、読売新聞05 年8 月24 日付は、台湾の反応を載せています。
「中露軍事演習、台湾外交部長が非難「地域平和に影響」
【台北=石井利尚】台湾の陳唐山・外交部長(外相に相当)は23日、読売新聞と会
見し、中国とロシアの軍事演習について、「台湾を威嚇しており、(東アジア)地域の将
来の平和に影響を及ぼすものだ」と強く非難した。」
「また、合同演習が、日米の安保協議共同声明に「台湾海峡問題の平和的解決」
が盛り込まれたことに関係があると指摘、「台湾問題に手を出すなという、米国や日
本への中国の警告だ」と述べた。」(同上)
外交部長は、暗澹たる思いで、国際社会に訴えかけます。
「陳氏はさらに、『民主的で自由な台湾が706基の中国のミサイルの脅威に直面し
ている現実は、中国の言う『内政』ではなく、国際問題のはずだ』と語り、国際社会の
関与を求めた。」(同上)
プーチン大統領(当時)は06 年3 月21 日北京を訪問、胡錦濤国家主席と会談し、
共同声明に署名しました。
両首脳は声明の中で、イランの核問題で中ロが「政治的・外交的手段で解決を図
るよう協力する」と確認。
ロシアはイランの原発利権に関与しています。中国にとっては、原油供給国。そし
てイランの石油利権にかなり入り込んでいる。
中ロは、イラクの石油利権を、アメリカに武力で奪われた苦い経験があります。イラ
ンの利権をアメリカが独占するのは許しがたいですよね。
また、中ロ両首脳はガスパイプライン建設で合意。
そして、天然ガス世界最大手ガスプロムと中国石油天然ガス集団公司(CNPC)は
3 月21 日、パイプライン建設に関する覚書を交わしました。
ロシアは中国むけガスパイプラインを2 本建設する。一本は、ウラルからアルタイを
通り、もう一本はサハリンからハバロフスクを通過し中国にいたる。
供給量は、年間600億〜800億立方メートルの予定ですが、これは05 年の中国
の全消費量(500億立方メートル)を上回る莫大な量なのです。
中国とロシアが反米で一体化している様子がご理解いただけたでしょう。
反米の砦上海協力機構
最近注目されることが多くなった上海協力機構(SCO)。
SCOは01 年6 月15 日に創設されました。加盟国は、中国・ロシア・中央アジア4
国(カザフスタン・ウズベキスタン・キルギス・タジキスタン)。
中国にとってSCOは、石油・ガスがたっぷりあるお隣の地域中央アジアへの影響
力を確保するのに必要。
米軍は、01 年のアフガン攻撃時、中央アジアにちゃっかり駐留し、そのままいすわ
ってしまいました。
中国から見れば、米軍は「中国封じ込め」と「資源確保」という大きな目的のために
駐留している。この地域から、アメリカを駆逐し、資源を我が物にするために、SCOは
便利なのです。
そればかりではありません。中国とロシアは、SCOを「多極化推進の中心的組織」
に育てあげました。
多極化推進というのは、別の言葉でいえば「米一極支配を崩壊させる」ということ。
動きを追ってみましょう。
05 年3 月に中央アジア・キルギスでアメリカによる「チューリップ革命」が起こった話
をしました。その後、ウズベキスタンで革命未遂があった。
旧ソ連の中央アジアは、皆欧米の基準からみると独裁国家。
独裁者達は、キルギスとウズベキスタンの出来事を見て、はっきり理解しました。
「アメリカとつきあっていると、いつ革命を起こされるかわからない。どうせなら同じ独
裁国家の中ロと仲良くしよう!」
それでどうなったか?
05 年7 月5 日、カザフスタンの首都アスタナでSCOの首脳会議が開かれました。こ
こで、「アスタナ宣言」が採択されています。
そして、アスタナ宣言は、中央アジア駐留米軍の撤退を要求しているのです。
05 年5 月の革命未遂時、「民衆に発砲した」ことを欧米から批判され気落ちしていた
ウズベキスタンのカリモフ大統領。SCOを味方につけ、勇気100倍。
ウズベキスタン政府は05 年7 月30 日、アメリカに対し、01 年のアフガン攻撃時か
ら駐留していた米軍の180日以内の撤退を、正式に要求しました。
さて、05 年7 月の首脳会談では、もう一つ歴史的な決定がなされています。
イラン、インド、パキスタンが準加盟国として承認されたのです。
驚くべき決断です。
イランは「悪の枢軸」で、アメリカの敵NO.1。
これを準加盟国にするということは、「中ロはイランをアメリカから守る」という意味
でしょう。もちろん武力は使わないでしょうが。(2010 年になって、ロシアとイランの関
係は悪化してきました。)
パキスタンはイスラム教の国。
9.11 後、アメリカに協力し、関係は良好に見えます。しかし、パキスタンはアメリカ
に脅迫されて服従しているだけ。
時事通信06 年9 月22 日付に、以下のような記事があります。
「空爆で石器時代に戻る覚悟を」=アーミテージ氏が脅迫――パキスタン大統領
【ワシントン21 日時事】米CBSテレビは21 日、パキスタンのムシャラフ大統領が同テ
レビのインタビューで、知日派として知られるアーミテージ元国務副長官から2001年
9 月の米同時テロ発生後、対テロ戦争で米国に協力しない場合、空爆すると脅迫され
たと述べたと報じた。
ムシャラフ大統領によると、アーミテージ氏は「空爆の覚悟をしておけ。石器時代に
戻る覚悟もしておけ」と発言。この発言は情報機関の責任者から同大統領に伝えら
れた。(以下略)」
これどうですか? まともな神経の大統領でも、恨みを持つし「隙あらば反逆しよう」
と考えませんか?
パキスタンがSCOの準加盟国になったのは、「この組織はアメリカに復讐してくれ
る」という期待があるのでは?
インド。
インドは、アメリカといい関係を保っています。
しかし、ロシアの武器輸出の35%はインドむけ。当然両国関係は良好。そして、仮
想敵中国とも和解を成し遂げています。
1961年の非同盟諸国会議設立を主導したインドの思想は、「多極世界支持」。そし
て、インドは多極世界の一極になる力が十分あります。
これまで3 回戦争をしているインドとパキスタンが、仲良くSCOの準加盟国になって
いる。これは、米一極主義の衰退と中ロ多極主義の影響力拡大を示す一つの証拠と
いえるでしょう。
06 年6 月15 日、上海でSCO創設5 周年を記念する首脳会議が開かれました。
準加盟国イランのアフマディネジャド大統領は、SCOエネルギー相会議をイランで
開催することを提案。
そして、「SCOを強化し、他国による内政干渉や脅しに対抗すべきだ」とアメリカを
非難しました。
プーチンはこの時、加盟国でエネルギー協力を強化する、「SCOエネルギークラブ」
創設を提唱しています。
首脳会議は「5 周年宣言」を採択しました。宣言は「政治体制の違いを内政干渉の
口実にしてはならない」「中央アジア各国政府の安定維持の努力を支持する」と明記
しています。
ここまで読んでこられた皆さんは、意味がわかりますね。これは、「中国とロシアは、
中央アジアの独裁者達をアメリカのカラー革命から守る」と宣言しているのです。
もう一点、この首脳会議の重要な内容は、「準加盟国の正式加盟手続き」が開始さ
れたこと。
実現するとSCOは、中国・ロシア・中央アジア4 国に、インド・パキスタン・イラン・モ
ンゴルが加わり計10 カ国になる。10 カ国というと大したことない。
しかし、世界経済を牽引するブリックスのうち3 国が加盟国というのはインパクトが
あります。
そして、ロシア・イラン・カザフは世界的資源大国。
このように、中国は、アメリカが支配したい資源たっぷりの中東・ロシア・中央アジア
で着実に基盤を作っているのです。
中国最大の武器
アメリカのいじめに耐えかねたプーチンが、「石油をルーブルで売る決断をした」と
いう話をしました。
反米国家最大の武器は、「ドル体制を崩壊させるカード」なのです。中国はこの点
どうなのでしょうか?
ロシアの武器は石油ですが、中国の武器は「外貨準備」と「米国債」。
06 年4 月3 日、オーストラリアを訪問中の温家宝首相は、「今年2 月に外貨準備高
が8536億ドル(約100兆円)に達した」と語りました。
日本は同月末、8500億ドルだったので、中国は外貨準備高で世界一に躍り出た
のです。(06 年11 月に1 兆ドルを突破。10 年3 月時点で2 兆4000 億ドル)
また、中国人民銀行の発表によると、同国が保有する米国債は09 年末時点で
7500 億ドル(約67 兆円)。
「いざとなったら、ドルを売るぞ! 米国債を売るぞ!」というのが中国のカード。
もちろん、これは簡単に切れるカードではありません。ドルが暴落し、アメリカの消
費が激減すれば、世界の工場中国も大打撃を受けます。
しかし、米中の対立が激しくなり、中国共産党幹部が「このままいけば、俺らはフセ
インのようにブタ箱行きだ!」と感じたら?
「自分の命と権力と金を守るか?」「アメリカを没落させ、世界恐慌の引き金を引く
か?」の選択を迫られれば?
もちろん世界恐慌を選択しますね。
米中関係が最悪になった場合、中国はドルと米国債をなげうってアメリカを葬るカー
ドもあるということです。
崩壊するドル体制
ユーロ誕生からはじまった倒幕運動は、中国・ロシア同盟により世界的潮流になっ
ていきます。
そして、ついにアメリカの没落が、目に見えるようになってきました。
具体的には、「ドル体制の崩壊」がはじまった。
ユーロは、2002 年1月1日から現金流通が開始されます。
この時、1ユーロは0.89 ドルでした。
その後、ほぼ一貫してあがりつづけ、リーマン・ショックが起こった08 年9月には1.5
ドルを超えていました。
(リーマン・ショック後、ユーロは対ドルで下落しました。
これは世界にでていたアメリカの資金が、危機で本国に帰還した(ドルを買った)か
らです。
そして、「リーマン・ショック前」と「リーマン・ショック後」は「まったく別の時代」と考え
るべきです。ユーロはドル体制を崩壊させましたが、結果欧州経済までも破壊される
ことになったのです。)
現在ユーロは22 カ国で使用され、各国の外貨準備にもひろく利用されるようになっ
ています。現金流通でも、06 年末時点でドルを超えました。
イラク・イランにつづき、親米中東産油国もドルからの離脱を目指しています。
サウジアラビア・クウェート・アラブ首長国連邦・オマーン・カタール・バーレーンがつ
くる「湾岸協力会議」は「湾岸共通通貨の導入」を目指している。
<GCC 首脳会議声明、2010 年の通貨統合目標維持へ=事務局長
07 年12 月4日18 時29 分配信 ロイター
[ドーハ 4日 ロイター] 湾岸協力会議(GCC)首脳会議の声明では、2010 年ま
でに通貨統合を達成することへのコミットメントが維持される見通し。>
これが現実化すると、「ドルで原油が買えなくなる」というトンデモナイ事態になりま
す。
もちろん実現するかはわかりませんが、中東産油国がこういう「意向」を公言してい
る事実だけでも、「アメリカの衰退」がはっきりわかるでしょう。
2008 年10 月末、中ロ同盟が、「ドル基軸通貨体制」を崩壊させる爆弾を落としまし
た。
<中露首脳、世界の金融取引で使われる通貨の拡大提唱
10 月28 日23 時34 分配信 ロイター
[モスクワ 28 日 ロイター] 中国・ロシアの両首脳は28 日、世界の金融取引で使
用される通貨の拡大を提唱した。
ロシアのプーチン首相はモスクワで開催中の中露フォーラムで、ドルよりもルーブルと
人民元による2 国間取引を提案。>
既述のように、「ドルが基軸通貨」であることの基盤は、アメリカ以外の国々(たとえ
ば中国・ロシア)が貿易する際、自国通貨(たとえば人民元・ルーブル)ではなく、ドル
を使っていること。
もし中国・ロシアが貿易で自国通貨を使いはじめたらどうなるのでしょうか?
そう、ドルは両国にとって「基軸通貨」でなくなるわけです。
一極世界から多極世界へ
08 年、ついにアメリカの「一極世界」が崩壊しました。
世界は、新たな世界秩序を模索しはじめます。
08 年11 月14 日、G20 による金融サミットが開催されました。
G20 とはなんでしょうか?
G8といえば、日本、アメリカ、イギリス、ドイツ、フランス、イタリア、カナダ、ロシア。
これにアルゼンチン、オーストラリア、ブラジル、中国、インド、インドネシア、韓国、メ
キシコ、サウジアラビア、南アフリカ、トルコ、ヨーロッパ連合(EU)が加わります。
G20 が世界GDP に占める割合はなんと約90%。
これまで世界の運営は、G8(G7プラスロシア)が中心に行っていました。
ところが、G8の力が相対的に弱まり、ブリックス(ブラジル・ロシア・中国・インド)や
その他の大国抜きで何かを決めても、意味がなくなったのです。
つまり、アメリカを中心とするG8の時代は過ぎ去り、G20 の時代が到来した。
アメリカ自身も08 年11 月、「一極世界は終わり、多極時代になる」ことを認めます
<2025 年「世界は多極化」…米国家情報会議が予測
11 月21 日23 時13 分配信 読売新聞
【ワシントン=貞広貴志】米国の中央情報局(CIA)など16 情報機関で構成する国家
情報会議(NIC)は20 日、世界情勢を予測した報告書「世界潮流2025」を公表した。>
<中国、インドの興隆により、富と経済力が「西から東」へと動くことから、世界は多極
化へと移行。
一方で、米国は支配力を減じ、「西側同盟の影響力は低下する恐れがある」と警告
した。>
この予測は極めてまっとうであり、もはや「既定路線」といってもよいかと思います。
中国、新たな世界通貨体制を提案
世界中が「ドル体制の崩壊」に気がついた。
しかし誰も、これからどうなるか知らない。
そこで、アメリカから「G2」とよばれ自信たっぷりの中国が「新たな秩序」を提案しま
す。
<中国人民銀行(中央銀行)の周小川総裁は23 日、国際通貨基金(IMF)の特別引き
出し権(SDR)がドルに代わる可能性を示唆した。
SDR はIMF が1969 年に創設した準備資産。
周小川総裁は、人民銀行のウェブサイトに掲載された論文の中で、SDR が準備通
貨として機能する潜在力があると指摘した。>
(ロイター 09 年3月24 日)
中国が「ドルにかわる準備通貨」として提案している「SDR」とはなんでしょうか?
IMF のHP から引用してみましょう。
<特別引出権(SDR)
SDR は、加盟国の既存の準備資産を補完するために1969 年にIMF が創設した国
際準備資産です。>
なぜSDR は創設されたのでしょうか?
<特別引出権(SDR)は、1969 年に固定為替相場制のブレトン・ウッズ・システムを支
援するためにIMF によって創出されました。>
ブレトン・ウッズ・システムとは?
1944 年7月、アメリカ・ニューハンプシャー州ブレトン・ウッズで、連合国通貨金融会
議(45 カ国参加)が開かれました。
ここで、戦後の国際金融システムのあり方を定めたブレトン・ウッズ協定が締結され
ます。
具体的には、国際通貨基金(IMF)と国際復興開発銀行(IBRD)の設立が決定されま
した。
さらに、世界通貨体制として、金(ゴールド)1オンス=35 米ドルと定め、そのドルに
各国通過の交換比率を定める金ドル体制を採用。これにより、日本円は1ドル=360
円に固定されます。
<しかし、その重要な準備資産の2つである金と米ドルの国際的供給は、世界貿
易の拡大と当時起こりつつあった金融発展を支えるには不十分であることがわかりま
した。>
これはつまり、金(ゴールド)の量が、世界経済を発展させるのに十分でなかったと
いう意味。
アメリカは終戦直後、「世界の工場」で「世界一の貿易黒字国」でした。しかし、日欧
が復興を完了すると、アメリカの貿易収支は悪化。
金がアメリカから流失するようになり、ブレトン・ウッズ体制維持が困難になっていき
ます。
<そのため、国際社会はIMF の監視の下に新しい国際準備資産を創出することを決
めたのです。>
つまり、1969 年の時点で、「このシステムには永続性がない」と見られていた。
そして、SDR がつくられた。
つまり、SDR はもともと「世界通貨になるべく」考案されたものだったのです。
しかし、SDR は現在にいたるまで世界通貨になっていません。
なぜでしょうか?
1971 年、ニクソン・ショックによりブレトン・ウッズ体制は崩壊。
世界は変動相場制に移行し、米ドルを基軸通貨としながら、今までなんとかやって
きた。
要するに、ドルが強かったので、今までSDR は必要なかった。
しかし、アメリカ経済がボロボロになったので、「もうドルは基軸通貨としての役割をは
たせません」「SDR を進化させて国際通貨にしましょう」というのが中国の提案なので
す。
この提案が実現するかはともかく、世界では既に「アメリカ後の新世界秩序模索」
がはじまっていることがはっきりわかるでしょう。


おわりに
長い間おつきあいくださり、ありがとうございました。
皆さんとお別れする時間が近づいてきました。
ここまで、アメリカが没落するまでの過程を、詳細に書いてきました。
今まで聞いてきた話とは、全然違う真実があることに驚かれたのではないでしょう
か?
既述のように、08 年と10 年ではまったく違う時代になっています。
10 年9 月、「尖閣諸島中国漁船衝突事件」が勃発。
日本に「謝罪と賠償」を要求する中国の傲慢な態度に、大部分の日本国民は憤り
ました。
なぜ中国は「凶暴」になってきたのか?
その最大の理由は、天敵アメリカが弱体化したから。
ついに中国は、「天下」を狙いはじめたのです。
現在、世界情勢はものすごいスピードで変化しています。
その現状をタイムリーで知りたい方は、私の配信しているメルマガをご一読ください。
(完全無料)です。(登録は→ www.mag2.com/m/0000012950.html )
また、「北野幸伯ってそもそも何者だ?」と疑問をお持ちの方は、「北野幸伯の公式
HP」をごらんください。
(→ rpejournal.com/
  )
それでは皆さん 長い間おつきあいくださり、ありがとうございました。
また近いうちにお会いできることを、心から願っております。
北野幸伯

inserted by FC2 system